平和的なブログ

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「読んでて苦痛だった作品でも、存在してはいけない理由には繋がらない」という結論を出すためにいろいろ考えた

皆様は「共感性羞恥」という言葉をご存知でしょうか? そこそこ知られるようになったと思うのですが、ようするに「テレビや映画などで登場人物が恥をかくシーンを見て、同じように自分も恥ずかしくなってしまう共感性が強いひとのこと」を指します。これ、私がそうです。幼い頃はかなり強くてそういう場面がテレビに映った場合即チャンネル変えていました。今ではだいぶ落ち着きましたが、それでも結構嫌な思いをします。結構な割合でこういう人はいるようで、10人に1人ほどの割合だそうです。

それと、実は私「浮気している描写」が死ぬほど苦手なんですよ。うる星やつらの諸星わたるレベルで博愛主義?を貫いているならまだ見れるんですが、ドラマで結婚してる人物が他の異性に心を惹かれていく描写が出ると、今でも吐き気がします。マディソン郡の橋は未だに嫌悪感あふれる作品となっています。現実に浮気をしている人物は……まぁ軽蔑するくらいで済みますけど。

あともう一つ、「本当のことを言っているのに、嘘つき扱いされる描写」も大の苦手です。おそらくこれがずば抜けて酷く苦痛に感じる描写です。特撮ものでは王道の展開ですけれど。宇宙人のUFOを見ても信じてもらえない。怪獣がいたといっても信じてもらえない。ウルトラマンコスモスの劇場版、ファーストコンタクトでは主人公の男の子が教室のみんなに対してウルトラマンを見た、と言っても誰一人信じようとせず嘘つき扱いをされます。物語が進むに連れ、ようやく主人公が本当のことを言っていた、と信じてもらえるのですが、はっきりいって私の心境は「長い拷問がようやく終わった」に等しかったです。

「お前の地雷なんて別に聞きたくないぞ」と思う方がほとんどだと思うのですが、少し考えてもらいたいのです。「もし私が、これらの描写を見て苦痛だと訴えて作品排除を主張したらどうなるか」ということを。

おそらく「笑われて終わりだろう」と思いますでしょう。ちょっとだけ待ってください。共感性羞恥は10人に1人の割合なんですよ。非常に多い割合なのに最近になってようやくテレビで持ち上げられ、存在が薄々知られるようになったんです。つまり「今ようやく可視化が進んだ」というわけなんです。はたして今後、浮気描写で吐き気が出る人、嘘つき扱いされる描写で苦痛を感じる人が、多く存在すると判明しないと言い切れるでしょうか? その人たちが声をあげて「創作物から浮気描写・嘘つき扱いされる描写を消してくれ!」と叫んだ場合、どこまで無視ができますか? 今まさに、ライトノベルの表紙で女性の肌が出すぎている、という事柄で議論が起きている状態なのに。

「女性関連に関しては歴史的経緯があるため議論の余地があるのだ」という理論もあるでしょう。なるほどなるほど、女性がかつて社会的地位を貶められていた歴史があるため、創作物に対しても慎重であるべきだ、というものですね。ならば我々(あえてこういう言い方をします)はたった今声をあげます、と。今まさしく創作物によって傷つけられているのです、いったいいつになれば議論の余地が生まれますか? と。あと何年我慢すればよろしいのか、と。そうなれば当然、「今」という答えしか生まれないでしょう。今、まさしく足を踏まれているのですから、とりあえず足をどけろと。

そしておそらく声を上げた結果、ゾーニングという手段が取られ、本や映画の背面に「羞恥」「浮気」「嘘つき扱い」といったレーティングが貼られ、そしてレーティングが多数貼られると売上が低下するという理由で上層部はできる限りあたりざわりのない内容へと変更するように指示を出すでしょう。かくして世の中の創作物からそういった表現が消え去り、我々は生きやすい世界が誕生しました。めでたしめでたし……。

そんなわけがありません。それだけで済むわけがないのです。「なぜ我々が苦手とするこの表現を排除してくれないのか」といった訴えが、あちらこちらで発生するでしょう。いいですか? 「浮気描写苦手」「嘘つき扱い苦手」という属性がこの世に存在するんですよ? ならば「ビルの破壊苦手」「銃の射撃苦手」「食事シーン苦手」「人が走るシーン苦手」みたいな属性が次々に発見されるわけです。その中から「これはレーティングに入れる/入れない」なんて選択ができるわけがありません。とりあえず足をどけなければならないのですから。

かくして山のように増えたレーティング、長引く審査。売上低迷に右往左往する出版社と編集。書くたびに抗議される作者。そして創作物は死ぬ。

だからこそ私ははっきりと主張したい。作家の皆さん、私みたいな存在を全く気にせず、好きな作品を書いてください! 私だっていやですよ、面白そうな作品を読んでる最中で唐突に自分が死ぬほど苦手な描写がでてくるの。でも、その描写が出てくることを受け入れた上で作品を評価します。面白いとか、面白くないとか、面白かったけど一部描写で吐きそうになったとか、面白くない上に嫌悪感が湧いた、とか。それが創作物への、この難儀な性癖を持ち合わせて生まれ持った私のスタンスです。

つまらなかった作品・苦痛だった作品は遠慮なく床に叩きつけます。でも、存在はしていいです。これは私にとっては最悪な作品だったけれど、他の誰かにとってはそれなりの代物だったのかもしれない。いや、誰にとっても最悪な作品であっても、存在が許されないわけじゃないんですよね。きっと。

本当に生きづらい世の中かもしれませんね。この世界。でも、「死ね」って言われてるわけじゃないんで、歯を食いしばって生きていきましょう。