平和的なブログ

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「大怪獣のあとしまつ」がどんどん楽しめなくなっていく件について

-映画、大怪獣のあとしまつのネタバレを全開で行っています-



実はみてました。「大怪獣のあとしまつ」
予告の時点で「こんな映画出されたら特撮オタクの端くれとして見に行かざるを得ない」と思っていました。ですがちらちらと他所で『なんかやばいらしい』くらいの評価を見てはいたんですが、「ここで引くわけにはいかない」と映画館に足を運んだ次第です。



なんですが、楽しめたんですよ私。大怪獣のあとしまつ。
冒頭のお別れ会が同窓会になってしまったシーンから「どうやらこの世界では、怪獣に立ち向かうために実質徴兵制みたいなものが敷かれているらしい」と読み取ってから、わりとぐいぐいのめり込むことができました。背景で兵士募集ポスターっぽい(アメリカのI want you! For u.s. armyのポスターらしき奴です)のがあったのには「センスが絶望的に古くてむしろ斬新だ!」と思えました。
肝心のあとしまつは誰がやるのか、大臣たちが押しつけ合うシーンや、諸外国の対応が二転三転したり、最初こそ押しつけ合っていた大臣たちが観光資源になりそうなことに気がついて手のひら返ししたり、そういったどったんばったん政治劇は最初こそは好きでしたね。まぁ途中で下品な意味不明ジョークが連発されるのにげんなりして、政治劇シーンは脳を休めるためのシャットアウト時間なんだとわりきることになりましたが。キノコの下りは笑っちゃいましたけど。



肝心要の特撮シーンは非常に良かったと思います。ダムのプロジェクションマッピングで爆破点をつけるですとか、怪獣の死骸に大臣が登って安全性アピールとか。特にプロジェクションマッピングは今まで気の抜けた雰囲気だったのが、一転して引き締まった空気に切り替わったので良かったです。落ちは本当にしょうがないものになりましたけどね。

なので「ほどほどに面白いはずの政治劇シーン」「くっそつまらない下品なジョーク」「上等な特撮」「どうしようもない落ち」がぐるんぐるんと交互に襲いかかってきて、テンション的にはとんでもないアップダウンになっていくわけですよ(恋愛模様? 知りません。興味ないです)。


そして最後のトンデモ落ちに終わるわけですが、私、ここで映画館のなかで声出して笑ってました。「しょうもねー(笑)」って感じで。んで、エンドロール見てあのおまけも見て確信することができました。「本当にしょうもない作品だなぁ」と。


なんですけど、嫌いじゃないんですよ。私。そういうしょうもない作品が。
昭和の時代、「ジョーズが流行ってるから!」みたいな上の人の適当な思いつきで、現場の人らが必死に頑張ってつくった特撮作品があったりします。発想に技術がついていかずなんとも締まらない展開で終わってしまった作品もあります。そういった作品を私は小中学生のころレンタルビデオで見てきてて、「ん????」みたいに思ってたんですよね。んで、大人になったあと見直してみると「なるほどなぁ……」と思えたりするわけです。
世の中の作品、全てが「シン・ゴジラ」並の完成度を誇っているわけではありません。そうでない作品でもスタッフたちは手を抜いているわけではないです。



いいじゃないですか。しょうもない特撮作品があったって。


特撮映画はとにかく金がかかるのに、オタクたちの評価が厳しいジャンルです(まぁ平成ガメラ三部作というトンデモクオリティを、云億円という予算でやっちゃったから仕方ないような気がしますが)。それ故どんどん数が作られなくなってきたジャンルであり、そんな中、令和という時代で結構な予算を獲得し、こんなトンチキ映画を作ったこと自体がもはや賞賛に値します。私はこの映画を令和に、映画館で見れたことに満足してますし、楽しめました。







って感じで終わるはずだったんですよ。その後の関係者のムーブのおかげで色々とおかしなことになってきまして。

まずは監督の公開後舞台挨拶です。
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「怪獣を倒すスペシウム光線とか出すじゃないですか。なんで最初から出さないんだろうって子どものころから思っていた。なんとかキックで怪人をやっつけたり。『最初から、それなんじゃないの?』と」と幼少期に抱えた思いを懐かしむ。

ここらへんで「あぁ、やっぱり監督は特撮そんなに好きじゃなかったんだ」と再確認できました。特撮ヒーロー作品ではわりと必殺技を最初に出したもの通用せずピンチに!(そこに味方の援護が!) ですとか、その必殺技を相手に防がれて、さらにより上のランクの必殺技を生み出す特訓を行う! なんてのがごろごろしてます。バキでいうところの「君らがいる場所は我々がすでに三千年以上前に通過している」って奴ですね。それは別にまぁいいのですが。
そもそも「怪獣の死体処理」っていうのはもうすでにパシフィック・リムで劇中に綿密に描写されてたんですが、そこらをするっとスルーして『「誰もが知る“巨大怪獣”の誰も知らない“死んだ後”の物語」を史上初めて描く』という売り文句に「いや……その、ちょっと待って……」って思いがどんどんわいてきて。特撮知らない人らがいう「史上初めて描く」ってなんなの? って思えてきちゃいまして。


トドメがプロデューサーのインタビューでして。
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予想外でした。正体を明かせないアラタが、怪獣の死体処理を託されたことをきっかけに、元恋人のユキノとともに雨音の妨害を押し切り、人間のまま『あとしまつ』できるのか、この三角関係に関して反応を期待していました。ところが、特撮部分やギャグ要素に反応が偏っている印象を受け、伝えたかった三角関係の部分が伝わっておらず、そこが予想外でした。


三角関係……………………………………?????? えっ??? あの映画三角関係がメインだったんですか? 私脳からすっぱり全部切り捨ててたんですけど……。まったく重要さを感じませんでした……。


ラストの巨大ヒーローが全てを解決するというオチ、これは結局、「神風が吹かないと解決しない」という、ごく単純な政治風刺なのですが、これがほとんど通じておらず驚きました。

せ、政治風刺…………………………?????? え、ええ……????? あのシーン政治風刺のつもり……だったんですか…………?? 私はてっきり脚本がどうにもならなくなったんで「もうこの落ちでええやろwwww」的テンションで投げ捨てたしょうもない展開だったのかと……(だから笑ったんですが)。


先ほども申し上げたとおり、「巨大な怪獣の死体のあとしまつ」を巡り、正体を明かせない主人公が、元恋人の協力と、彼女の夫による妨害の狭間で葛藤する物語です。

もう頭がくらくらしてきたんですけど「正体を明かせない主人公」っていうのがかなり理解できない要素になってきてしまって……。あの映画のなかで主人公が「正体を明かせない理由」って何か一つでも出てきましたっけ? 

結果、主人公は敵対者に負け、正体を明かして「巨大な怪獣の死体のあとしまつ」をせざるを得なくなる。ビターなエンディングですが、それでも元恋人は「ご武運を」と涙ながらに主人公を見送る、切ないラストシーンをつくりあげられたつもりです。


いや、もう何度もビックリです。そもそも雨音が敵対者だと私はまったく認識できていませんでした。彼は彼なりに怪獣の処理に意欲を燃やしていたキャラであり、主人公とはベクトルが違えどなんとかしてやろうとしていたキャラとてっきり……。だからこそラストシーンは本当にしょうもない大爆笑シーンになったんだと……。


私はこの映画の制作サイドに『いやー、申し訳ない。クソ映画作っちゃいました。シン・ゴジラ期待した方、本当申し訳ない』って言って欲しかったんだな、ってわかったんですよ。んで、そういう人に「いやいや、他の人はどうだかわからないけど私は結構楽しめましたよ。制作費半分になった次回作も見に行きますぜ」って言いたかったんです。
ところが制作者側から『ちがうんです。本当はこういう高尚な意図があったんですけど伝わなかったんです。政治風刺なんです』って言われちゃえば、もう何にも言えないんですよ。「えっ……いや、申し訳ないですけどしょうもない映画ですよコレ。お金返してもらえます?」しか言葉がでなくなりますよ。


わりと真剣にコメンタリー付きBD出たら買おうかな、とか考えていたんですけど、もうだめです。もう二度と触れたくなくなったコンテンツに仲間入りです。


もっと上の都合上どうしてもはっちゃけるコメントを出すことができなかった、なんてのはあり得そうなんですが、それならそれで年単位で黙っていて欲しかったなぁと思います。かつてサターンの有名クソゲーであるデスクリムゾンを出したエコールソフトウェアは、「何を言われても仕方ない時期というのがある」と、一年半語ることなく、ただ黙って批判を受け続けていたという逸話があります。上記のプロデューサーさんらはエコールソフトウェアを見習って欲しいですね。