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コナミのゲーム嫌いな社長は実在した!?  コナミの影の歴史に迫る!

さて、前回前々回の記事にて繰り返しコナミ創業者である上月景正会長に対し「ゲーム嫌いという風説は間違っている」という内容を広げてきましたが、その際いろいろと資料集めをした結果、なかなか面白い事実に気がつきました。それは長いコナミの歴史の中で、とある時期に「ゲーム嫌いの社長」の存在が実在しえたのではないか? ということです。


「今更何を言っているんだおまえ」と思うかもしれませんが、最後までご覧下さい。これは上月景正会長が後悔してやまないコナミの影の歴史の話です。



1988年から1994年までのコナミと聞くと皆さんどのようなイメージをお持ちでしょうか? おそらく素晴らしく正のイメージを持っていると思います。アーケードではグラディウスⅡをはじめ名作STGが次々に稼働し、ファミコンにおいては自社生産カートリッジの製造許可を最大限に発揮して独自形状による拡張音源搭載の作品を広く提供、末期にはFM音源をそのまま搭載したラグランジュポイントという名作を投入。スーパーファミコンにもがんばれゴエモンシリーズ、魂斗羅スピリッツミュータント・タートルズ、マダラ2、Pop'nツインビーと数々の名作を発売し、さらにはPCエンジンにも参入し、完成版スナッチャーともいえるスナッチャーCD-Romanticを発売、そして一大ブームを巻き起こしたときめきメモリアルの登場……と、まさしくコナミが乗りに乗っていた時期といえるのではないでしょうか。



ところがこの時期、静かにゆっくりと、爆弾が成長していたのです。ときめきメモリアルよろしく。我々の見えない場所で。


それを解説するにはまずは時を巻き戻し、1984年、コナミが株式上場(大阪証券取引所新二部)を果たしたときのことから話さないといけません。このとき創業者である上月景正社長は、社長を一度おり他の人に社長に就いて貰おうと考えはじめていました。なぜなら上場企業となれば社会的責任は増大し、社長としての対外的なお付き合いも増えるわけです。その当時の上場企業において40代の社長はほとんどいないわけなので、上月社長は「こんな青二才が会社の顔では、軽く見られてしまうのではないか」と心配していました。

そして実際に、東京証券取引所市場第二部に上場する前、1987年6月に実際に上月景正社長は社長を退任します。会長として会社にとどまり、社長は菱川文博氏へと変わりました。この菱川氏は兵庫県庁の企画部長や阪神県民局長をされていた方で、縁あってコナミへと入社しました。このとき、上月景正社長は上場するにあたって、大企業や各種金融機関から経営幹部をいろいろとスカウトしてきました。まだコナミの中では生え抜き社員が育ってはきたものの、役員になるまでには若すぎる、という判断でした。菱川文博氏もその中の一人で、当時63歳。会長職についていたのですが、その手腕と年齢による貫禄をかわれ、社長に指名されました。つまり会長と社長がひっくり返ったわけですね。

「異なった能力と資質をもつ二人が役割を分担することで、今までよりも良い経営ができると信じていた」上月景正社長は当時を語ります。しかしそれは「上場企業トップのプレッシャーから逃れたいという弱気の表れであった」とも振り返ります。上月景正社長はなにより、世間体を気にしていたのでした。(このあたりジュークボックスのサービスや、手作りゲーム機の販売を行ってきた過去からの流れがあるように見受けられます)



新体制をスタートさせて一年、二年は問題はありませんでした。しかし三年目に入ってくると、菱川社長と上月会長の間に何かがおかしくなっていきます。会長に来客があると間に割り込み、「会長には私から言っておきますので」といって会わせない、社員に対しては「報告はすべて私を通してくれ」と釘を刺す。そもそも上月会長は二頭政治になることを気にしていたので、相談しにくる社員にたいして「菱川社長と相談して決めてくれ」とだけいうようにし、直接アドバイスするのは菱川社長だけにする、というふうに徹底していたのですが、さすがにこの態度には「いったい何を気にしているのだろう?」と不思議でならなかったのですが、ようするにこれは雇われ社長にしかすぎない菱川氏が出身母体の違う幹部や役員たちに自己の権力を見せつける必要があったのだろうと上月景正会長は後から推察しています。「上月会長は病気で再起できないらしい」と噂が流れたこともあったそうです。


これが結果的に派閥争いを生み、社員の混乱を生み、さらには対外的にもコナミのイメージが低下しはじめました。外部から引き抜いてきた幹部たちは現場感覚が希薄であり、ゲームを作っている若手社員たちの声がどんどんと届かなくなっていったのです。


そして次第に決算もおかしくなっていきました。確かに悪い数字ではありません。しかしゲーム市場全体の成長率と比較すると、コナミのそれはいまいちでした。そして上月会長はとある事実に気がつきます。経営状態は悪化しているということに。確かに決算は悪い数字ではありません。が、それは海外の販社に商品を大量に卸していただけにすぎませんでした。消費者が喜んでコナミの商品を買っていたわけではなかったのです。流通在庫、棚卸資産が莫大な数字になっていきました。


さすがにこのままでは危ない。上月会長はそう判断し1992年に菱川社長を下ろすことを決断します。しかしここでも自分が再度復帰するという選択肢は取りませんでした。上場を機に社長交代をしたのだから、もう一度他の人に社長をお願いしようということで、メーンバンクだった大和銀行からコナミの要望で91年に入社してきた西村靖雄専務が社長になることになりました。入社から社長就任まで一年というスピード出世です。菱川氏は名誉会長に就任し、顧問役としてとどまり、上月会長も会長のまま、という体制です。


そしてこの人事は問題解決どころか、さらに傷口を広げる結果になりました。



銀行出身の西村社長は就任した途端、赤字決算転落という事態は到底受け入れることができず、大量の在庫をそのままにし、他の役員もそれに追従し現場の惨状を反映しない見栄えのいいままの経営計画を追認していきました。しかもあろうことか菱川名誉会長と西村社長が同調路線を取り、在庫処理はどんどん遅れ、問題解決は遠のくばかりでした。



「海外子会社に潜在的な赤字がある。それも数億というレベルではなく、数十億というものだ」



この問題に蹴りをつけるには創業者である自分しかありえない。菱川名誉会長や西村社長では責任の取れようがない。そこで一時西村社長を降格し、自分が社長へ戻り、この問題を処理したあと経験を積んだ(なにせ1年で社長就任です)西村氏を復帰させようというプランを立て、西村社長と話しをし、1994年6月、上月会長は上月社長と舞い戻りました。ところが西村氏はあろうことかさっさと大和銀行へと戻っていってしまいました。その上大和銀行からは「どうして黒字続きの経営者を首にしたんだ!」とカンカン。コナミ大和銀行との取引が打ち切られる羽目になります。


このような出来事もあり、上月景正社長が「残された我々としては唖然としてしまった」と語る羽目になりました。なんとか海外子会社の在庫処理をしなければならないのですが、その金額がとにかく膨れる。80億円ほどの損失を覚悟していたものの、そこからさらに不良在庫が見つかるという有様。海外子会社からしてみたら「日本の本社が勝手に商品を送ってきた。これは在庫ではない。押しつけられた商品が移動してきただけ。我々が仕入れたものではない」というもので、不良在庫という認識すらなかったのです。無茶な在庫押しつけはゲーム市場の黎明期なら通用していたのですが、時はすでに16bit機が円熟期を迎え、次世代機であるサターンや64の影がちらつきだした頃です。さらにはアメリカ市場では任天堂セガがシェア抗争の果てに本体にソフトを2.3本バンドルさせて売っていた事情もあり、買い控えと値崩れが起きていたころでした。無茶に押しつけた在庫が売り切れる余地などなかったのです。最終的にコナミの赤字は160億円にまで膨れ上がりました。当期売上高が277億円であるため、どれだけ巨額な赤字であったか想像できるかと思います。西村氏はこのことを予期できたため、さっさと銀行へ帰っていってしまったのではないか、と上月景正社長は語っています。


コナミは危機に陥りました。経営能力よりも社会的な信用を重視して社長を頼み、プレッシャーから逃げた結果です。苦いという言葉では言い表せないほどの惨めな経験であった、と上月社長は語っています。しかも上月社長は7年間現場を離れていたのです。社員と社長の間には空白の七年間が壁として立ち塞がっていたのでした。自分の考えや経営方針は、全く社員には伝わっていませんでした。上月社長はここから現状を打破するために様々な改革を打ち出すことになるのです。


その中の一つがメールの活用。パソコンを350台導入し、各所にメールを送付。同時に紙の書類を廃止し、社員からきたメールと返事はすべて公開。社長の社宅には専用線を引き24時間メールを確認できるようにし、夜遅く働いている社員や海外勤務の社員からのメールでも即返事を出すようにしました。おかげで「どうせ翌朝にならないと返事がこないだろう」と思っていた社員が驚き、次第に士気があがるようになったと語っています。そしてこのおかげで中間管理職の仕事というのが見直されました。当時の中高年はパソコンの苦手な人が多かったため、このメールのやりとりに忌避感を覚えていたわけですが、そうは言っていられなくなり現場に通ってマネージメントを行うようになったといいます。


また、社内の状況を把握するために一日中ずっと社員の日報を見ました。まずいと思えば即割って入り、そしてほとんど全社員の日報を見るに至り、ようやく状況を把握できたと判断した後は、社員に対して報告書を出すように指示しました。上司に渡すものだとなかなか都合の悪いものは書けないという問題はあるため、報告箱というものに入れさせ全部署で共有させました。おかげで問題点を遠慮なく書くようになり、部門を超えて経営全体の動きを共有化することができました。これが契機となり、開発部門の分社化、独立採算制を導入することができました(ときめきメモリアルのPS版を手がけたKCE東京小島プロダクションの原型となったKCEJ、悪魔城ドラキュラX月下の夜想曲を生み出したKCE名古屋などなどが誕生しています)。


そして上月社長は役員人事に手をつけました。世間体を気にすることはやめました。96年6月、管理職6人を取締役に抜擢しましたが、彼らは皆30代の若手でした(この中には後にデジタルエンタテインメント社長を勤め上げる田中富美明氏も入っています)。彼らに事業遂行にかかわるすべての権限を委譲しました。そして経営責任者というグループを作り、さらにその中に最高責任者というグループをつくり新たな給与形態をつくりました。たとえ平社員でも会社に絶対必要な人材なら責任者グループに入れ、部長格でも実績がないならそこから落とされるという仕組みです。「利益率が高い、売り上げ規模が大きい、成長率が高い」といった事業を担当する人物ほど給与をあげるようになっており、作り上げた計算式に決算データを入れるとそのまま給与が自動的に計算されるという仕組みでした。そのまま実施したところ、とある役員の年俸が一億円となってしまい、これは上月社長の年俸を遙かに上回るものでしたが、バランス取りを考えずそのまま実施したとのことです。



これらの改革は功と出ました。コナミは成長を続け、ゲーム会社として躍進することになります。また上月景正社長は同時期コンピュータエンターテインメント協会CESA)初代会長に就任し、ゲームソフトの権利保護、コンピュータエンターテインメント産業の発展に向けて精力的に働き続けます。



さて、こうして振り返ってみると確かにコナミのゲーム嫌いな社長」はいた可能性があります。1992-1994年コナミ社長をしていた西村氏は、在籍わずか一年で社長をすることになりました。しかも53歳です。銀行出身で1992年に53歳の西村氏がゲーム好きである可能性というのは、かなり低いかと思います。もしコナミのゲーム嫌いの社長」を真面目に指摘するのならば、西村氏がもっとも近いのではないでしょうか。しかし、その名をあげる人はいないでしょう。おそらく西村氏がコナミ社長をやっていたことをインターネット上で指摘するのはこの記事が初出かと思います。


最後にこの言葉を持ってこの記事を締めたいと思います。



上月景正氏は尊敬に値する方ですが、ここまで精力的に働き過ぎる人と一緒に仕事したいかっていわれたら絶対にしたくないですね


参考文献:日経情報ストラテジー1997年6月号
日経ベンチャー1999年一月号-四月号 社長大学
日経ビジネス1995年7月31日号 敗軍の将、兵を語る

「コナミはプロ野球の実名ライセンスを独占していた」という風説についての所見と解説

2000年、コナミのイメージを最悪に突き落とした事件がいくつもあります。

一つは「ジャレコ VJ」に端を発した音ゲー特許事件。もう一つは他社の商標を奪い取る商標登録問題。そしてもう一つ、野球機構からライセンスを受け野球ゲームに実名選手と実名球団を出せるようにしたのですが、これをコナミは独占しました。

他社はコナミにサブライセンス申請を出さないといけなくなりました。そして実際にコナミスクウェアにサブライセンスを許可しない方針と発表したため、ゲーム業界は荒れに荒れました。

この荒れ具合はBoycottKONAMIさんのページを見ればわかるかと思います。(2021年時点でもまだページが現存し、かつ目的を達成したことで活動を停止したBoycottKONAMIさんに敬意を表します。重要な参考資料として使わせていただきます)


このうちの音ゲー特許事件は翌年にナムコジャレコと和解が成立。商標登録問題もそもそもあくどいことをしたくてやったわけではない、という事情があるのですが、この野球機構のライセンスに関してはいまいちよくわからないまま2003年のライセンス独占契約期間満期終了を迎えてしまい、そのままその後の公正取引委員会による警告」を受け、「なんだかよくわからないけれどコナミがあくどいことをしていたから怒られたんだ」的な解釈がなされています。事実私もそう思っていました。おそらく多数の方がそう思っているかと思います。



今回はこのライセンス問題について私が理解できた範囲内で解説を行います。参考資料は再び国会図書館から送って貰った、東京大学法学部研究拠点形成特任研究員 大久保直樹氏によるコナミに対する公正取引委員会の警告等について -単独ライセンス拒絶の事例研究-」です。


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まず言っておかなければならないのは コナミは実名ライセンスを独り占めしてはいません。ぴんと来ない方も多いかと思いますが、コナミは2000年4月、野球機構と契約を有効化してから他社と交渉を続けており、サブライセンスを各社に許可しています。8月時点ですでに7社と契約をし、以降5社とも交渉を続けている状況だとのことです。つまり、コナミは他社にバンバンサブライセンスを許可していたことになります。


これはある意味当然なことで、そもそもコナミ野球機構とこのような契約に至った背景には、コナミが相当量なスポンサー料を野球機構へ渡したからであり、その回収としてサブライセンス料は可能な限り欲しいわけですね。そのサブライセンス料をどう調節するかはコナミにある程度の裁量が任されていたと推察できますが、コナミと裁判で殴り合っていたナムコがサブライセンスを受け熱チュー!プロ野球2002を発売できたことを見ると、おそろしくぼったくっていたわけではない……のかな? と思えます。自社音ゲーは自社以外のゲーセンに置かない、という方針で対立する羽目になったセガにもサブライセンスを与えているのを見ると、「それはそれ、これはこれ」な懐事情が透けて見えます。


ところがスクウェアに対しては明らかにコナミは後ろ向きでした。アサヒ芸能の取材において「当社は、その権利を侵害している企業に対してのサブライセンス対応に大変苦慮しています」と牽制しているほどです。結局スクウェアコナミと契約でき、無事ソフトを発売することができたんですが……その発売は2000年9月。しかもデータは昨年の1999年のまま、という有様でした。コナミとの交渉がスムースに行われていたらもう少しマシな状況だったのでは? と思わざるを得ません。


そしてこの三年後、公正取引委員会がこの一連の流れを調査し、コナミ側に警告。野球機構側に注意を行いました。「他社にはサブライセンスすることになっていたのにも関わらず、特定のゲームメーカーの新製品の発売を遅延させる疑いのある行為を取った」というものです。明らかにスクウェアの件を指しています。


この警告というのは程度としてどのような具合でしょうか? 公正取引委員会のサイトを確認する「排除措置命令等の法的措置を採るに足る証拠が得られなかった場合であっても,違反するおそれがある行為があるときは,関係事業者等に対して「警告」を行い,その行為を取りやめること等を指示しています。」とありますので、法的措置を採るに至るほどの証拠があったわけではなく、「それは違反する可能性があるからやめような」というものだったのですね。


では具体的に、どの点が独占禁止法に触れるおそれがあるのか調べてみましょう。大久保直樹氏によると、「他社メーカーがコナミ野球機構からライセンスをもらえない状況」になった場合、独占禁止法「代替的競争手段の不存在」という要因を満たしてしまうといいます。代替的競争手段の不存在とは、この場合「コナミからライセンスがもらえないと実名選手や実在球団を扱うことができない」という状況ですね。
野球機構は12球団からライセンスの認可を受け、今まで複数他社にライセンス付与を行っていました。それをコナミ一社に絞り、他社はコナミからサブライセンスを認可してもらうように交渉を打ち切ってしまいました。コナミがそのままサブライセンスを許可していれば問題なかったわけですが、そこで交渉打ち切りとなると、他社はどうすることもできない。その状況が独占禁止法にあてはまるということになります。(各12球団に個別にライセンスを取りに行くという方法もあるかもしれないが、現実的ではないだろうと大久保直樹氏は解説されています)


こうしてみるとなるほど、公正取引委員会が警告を行ったのも納得がいきます。(警告がなされた時点ですでにコナミ野球機構の間のライセンスは終了していたのですが)


さて、もう一つ疑問符がつきます。セガナムコというライバルに対してサブライセンスを付与するほどだったコナミが、なぜスクウェアに対しては非常に冷たい態度をとり続けていたのでしょうか? 


それを解説するに「経済会 2000年7月号」の、上月景正社長(当時)のインタビューを紹介いたします。当時、各方面からスクウェア新作プロ野球ゲーム発売できず!? コナミスクウェアいじめ!」みたいな記事が盛り上がり、「もうゲームはできているのに発売できない」というスクウェア側の言い分が載っていてコナミバッシングに使われました。それに対するカウンターパンチとして上月景正社長(当時)自らインタビューに答えたものです(なお、上月景正氏がインタビューに答える、というのは恐ろしく貴重です。この方はほとんど表にでてきません。今回の記事も「ソフト業界の健全な発展のためにも、個別企業の利害関係を明かすべきではない」という考えでしたが、「あまりに経過を省いた報道に疑問を感じ」インタビューに答えたとのことです)。
そこにはこのような内容が記されていました。


当初、1999年夏にスクウェア社長武市氏(2000年には会長)がコナミを訪れ、野球ゲームをつくりたいから来年コナミが取得するはずの野球の実名ライセンスを貸して欲しいという申し出を受けました。これには上月社長も乗る気であり「それならばかわりにスクウェアさんが有しているサッカー選手の権利(FIFA関連)を譲っていただけませんか?」と提示しました。当時コナミが出していたウイニングイレブンは偽名選手だったのです。
ところがスクウェア側の返事はノー。『権利を有しているのはEAと合弁でつくったEAスクウェアなので、日本側だけでは決められない』という返事でした。当時スクウェアはEAと提携し、アメリカにEAスクウェア、日本にスクウェアEAという合弁会社を各自つくりました。ところがそのアメリカ側のEAスクウェアの株主は30%がスクウェアであり、その役員の中には当の武市氏も入っていたのに、です。


スクウェアが強硬な視線を崩さなかったため、結局コナミはサッカーのライセンスを諦め、改めて野球ゲームのサブライセンスの交渉に就こうとします。ところが打診をしたのにスクウェアは実際の契約行為に至らない。そうしている間に年があけ、2月にはなんとそのまま「劇空間プロ野球が発表されてしまったのです。これに上月社長は野球機構に問い合わせしたそうですが、その返事はコナミとの契約期間は4月以降からなのでそれ以前に発売されるのならやむを得ない」というものでした。これ自体はまっとうな話であるため、コナミ側としてもいったんは引き下がったものの、あろうことかスクウェアは発売延期をしてしまい、4月以降の発売となってしまったのです。


東京ゲームショーにもこの劇空間プロ野球は出展され「近日発売」と銘打っているので、さすがにコナミ側としては看過できずスクウェアに問い合わせをするのですが、その返事は「特許(原文ママ)は侵害していない」の一点張りだったとのこと。その上テレビなどで宣伝を始め、あろうことかNPBライセンス認証済み」とまでうたってしまったのです。その一方で先のサッカーゲームは権利がアメリカ側にあるはずが、スクウェア流通を活用して堂々とスクウェア本体が身を乗り出して手がけているという状況。さすがに「話が違う」と上月社長はスクウェア側と議論の場を設けましたが、結局納得するような答えは返ってこなかったとのことです。


最終的にスクウェア野球機構にライセンスの無断使用を謝罪。一度経緯を白紙に戻し(戻せるような交渉があったようにも見えませんが)改めてコナミと交渉を行った……という一連の流れだったのです。



上月社長の語っていることがすべて本当であるか、というのはわかりません(劇空間プロ野球の発表が2月……というのはちょっと疑問符がつきますが、それに反するソースも見当たりません。ファミ通1999年-2000年を所持している方ならわかるかしら?)。ですがナムコセガに対してサブライセンスを順当に認めていること、スクウェアが先走ってライセンスを取得したと言ってしまったこと自体は本当であるため、概ね信頼性あり、と見なして支障ないかとおもいます。

こうした経緯があるためスクウェアにサブライセンスを渡すのはどうか?」コナミ側が思案し、その結果まさしく独占禁止法に引っかかる「代替的競争手段の不存在」となってしまったわけですね。


また、コナミ公正取引委員会に反論をしています。公正取引委員会が言った「他社にサブライセンスをするようになっていた」という文言は契約文言には存在せず、公正取引委員会独自の解釈である、として批判しています。(2003年4月25日付けコナミ社プレスリリースとして出されていますが、さすがに現在は消されて見えなくなっています)
つまり場合によっては野球機構からサブライセンスを行わなくてもよい、と暗に言われていたんだ、と主張していることになりますが、私見ながらこの批判は意味がないかと思われます。「代替的競争手段の不存在」が成立してしまう以上、コナミはどうやってもサブライセンスを行わなければならないはずであり、この公正取引委員会の見解は関係なしとなります。

しかしコナミがそう主張しているということは、実際の野球機構との契約の中でも概ねそのような説明を受けてきたと思われます。……と、なると、おそらく野球機構自身、ライセンスを与えない行為が独占禁止法に引っかかるかどうかを把握していなかった可能性があります。

現に公正取引委員会から野球機構も注意を受けています。コナミが順当にサブライセンスを認可するようチェックする義務があるはずなのに、それを怠った」という理由です。

野球機構がいまいち独占禁止法を理解しないままライセンスをコナミに貸し、コナミもまた完全に理解している状態ではないまま、スクウェアという特大のやらかしに巻き込まれたことで、そのまま無知で地雷を踏み抜いてしまった……。この事例はこういうことなのではないでしょうか。


そしてもう一つ謎が残ります。なぜスクウェアはライセンス違反のまま発売を強行しようとしたのか、ですが、それに対する資料が見つかりません。それとEAから受けたサッカーのライセンスを結局コナミに譲らないまま終わるのですが、これが独占禁止法に当たらなかった理由はわかりません。海外でのライセンスは事情が違う、ということなのでしょうか。


こうした事情を踏まえてまとめると以下のようになります。



コナミ公正取引委員会から警告を受けたが、それは「ライセンスを独占していたから」ではない


コナミスクウェアにライセンスを出すことを渋ったのは主にスクウェア側に理由があるが、それでもそれは独占禁止法的に問題のある行為だった


・ライセンスを独占していたのはむしろスクウェア側だが、公正取引委員会は動いていない



コナミスクウェアの双方のやらかしについては「ゲーム業界全体がまだ未成熟だったから」というのもあるかもしれません。上月社長は経済会のインタビューの最後にて「ゲーム業界といえども国際ルール、国際基準に見合った肖像権ビジネスをしなければなりません」と語っています。スクウェアの態度によほど怒っていたのでしょうが、その対応が独占禁止法に引っかかるというのはまさしく皮肉です。


今令和の世になってどうかと見てみると、漠然とコナミが悪いことをした」というイメージが残り、それを拭い切れたとはいえません。
しかし綿密に精査してみると、単純にコナミがやらかしたとは言い切れず、相応の事情があったことがわかります。あれから20年近くたちました。そろそろ見直されてもいい頃だと思います。PS2が初登場した2000年の頃のイメージは、PS5が登場している2021年にはいささか古いのではないでしょうか。この記事がそのイメージの更新に繋がればと祈ります。


ここでこの記事は終わります。お疲れ様でした。

特別編 商標は誰のもの? ゲーム業界の商標権抗争を探る!

「ゲーム業界において商標登録で問題を起こした企業と言えば?」と質問されれば、百人中百人が声をそろえてコナミ!」というでしょう。


2000年頃、コナミジャレコナムコ相手に血で血を洗う特許裁判をしている脇で、コナミ「商標登録問題」も巻き起こしていました。
商標とはざっくりというなれば「他社のものと自社のものを区別するための目印」であり、それを国に対して申請して「この製品名は間違いなく貴方のものです」と認定してもらうことを商標登録といいます。コーヒー店は山のようにありますがスターバックスコーヒーは一社のみであり、無断でスターバックスと名乗る喫茶店が現れると、ものすごく怒られることになります。ちなみにコナミはこなみ珈琲の商標を「うちのパクリだから無効だ!」と訴えたことがありますが、裁判所に「あんた珈琲やってないでしょ。ロゴも違うし顧客が混同するわけがない。無関係」と却下されています。


そんなコナミが起こした商標登録問題とは、「他社の製品を片っ端から登録申請して自社の商標としてしまった」というとんでもない代物です。詳しくはBoycottKONAMIさんのページが詳しいのですが「デジタルコロコロコミック」「パトレイバー」「ロックントレッドといった商標が一時期コナミの商標として登録されていたのです。これにより当時の一般的なゲーマーどころか、音ゲーコナミを支持していたコナミファンすら声をあげ、コナミを批判した動きがあったのです。コナミbeatmaniaの特許を侵害しているとして訴えていたジャレコは、この商標問題のおかげでロックントレッドの続編を「ロックンスリー」にしなくてはいけないという事態も起きたのです。
この数ヶ月後、コナミ自身の手により登録後本権利抹消(実質的な権利放棄)がなされ問題は解決に向かいました。が、当時のゲーマーの心証を深く傷つけ、コナミのイメージを最悪に持って行った事件であります。今でもこのことを忘れないゲーマーは多いでしょう。


ところで「なぜこんな暴挙をコナミが行ったのか?」という疑問なのですが、「当時コナミはとにかく商標を取ることを目的にしていたため商標をとれた社員にボーナス5万円を支給していたものの、内部的な監査がまるでなされてなくて、他社製品だろうか無関係にとれそうな商標を片っ端から社員がどんどん取っていって、最終的に他社から怒られて全部権利放棄」というなんとも情けない答え合わせがなされていました。結局コナミは取った商標で何かしようとしたわけではなかったのです。


さて、実は今回の記事はコナミの商標登録問題の話ではありません。もし、本当に、他社の登録商標を横からかっさらい、自社のものだと振り回して裁判にまで持って行った会社がいたとしたらどうなるのでしょうか? 実はいたんです。このコナミの商標登録事件があったのと同時期に。


今回の記事の主人公たち、それは株式会社日本シスコン(現シスコン)、株式会社テクノブレイン、そして株式会社タムです。この三社が裁判に挑むことになったのは「ぼくは航空管制官というゲームに絡んでです。




まず「ぼくは航空管制官」について解説いたしましょう。このゲーム、元はテクノブレインが作り出したPC用ゲームでジャンルは「航空管制シミュレーション」です。その名の通り航空管制官となって、空港で離着陸する飛行機に指示を飛ばすシミュレーションです。

www.technobrain.com

www.youtube.com




1998年にWindows用ゲームとして発売され、人気作となりコンシューマ移植の話もあがりました。テクノブレインはPC向け一本でやってきた会社らしく、コンシューマに関してのノウハウがありませんでした(かわりに航空業界向けの訓練シミュレータなんかも手がけているらしく、かなりハイレベルな会社です)。そのため他社にライセンスを貸すことでより広く「ぼく管」を売り出そうとしました。当時トップシェアだったPS1向けにこの「ぼく管」を移植担当したのがシスコン社です。シスコン社はなんとあの初代「グランドセフトオート」のPS1移植を担当した会社であり(といっても初代GTAは今のような完全オープンワールドではない、車泥棒したりして依頼をこなすギャングゲームであったのですが……)、見事にぼく管の移植を果たし1999年にPS1版を発売しました。売り上げも大ヒット、とまではいかないものも毎月リピートがかかるくらい好調であったようです。


話がおかしくなるのは2000年です。今度は当時登場したばかりのゲームボーイアドバンス向けにこの「ぼく管」を移植する話が出ました。テクノブレインは当初再度シスコン社にこのゲームボーイアドバンス向け「ぼく管」を移植願いを出したようなのですが、断られ、別の会社を探します。そこで株式会社タムと契約を交わし、ゲームボーイアドバンス向けの「ぼく管」のライセンスを貸付しました。すると、どういうことでしょうか。シスコン社が抗議を始めました。「コンシューマ向け「ぼく管」は我が社のものであり、タム社が発売する「ぼく管」は商標違反であるため、損害賠償を支払え」と言い出したのです。なんと、「ぼくは航空管制官」の家庭用ゲーム機向け商標をシスコン社は押さえていたのです!

ここで少し補足をいれますと、商標にはジャンル分けが存在します。先の「こなみ珈琲」は喫茶店であるがためコナミの訴えから身を守ることができました。これがもし「こなみスポーツクラブ」でしたら、スポーツクラブをやっているコナミに負けていたことでしょう。
実は「PC向けソフトウェア」と「コンシューマ向けゲームソフト」とでは商標のジャンルが違います。テクノブレインは「電子応用機械器具及びその部品」として申請しており、「家庭庭用テレビゲームおもちゃ」の範囲では商標を取っていません。そのためシスコン社が「家庭庭用テレビゲームおもちゃ」として「ぼくは航空管制官」の商標を取ることができたのです。これを元にしてシスコン社はタム社を商標権の侵害として損害賠償請求します。




シスコン社の言い分としては以下の通りです。
・該当ソフトはPC版からコンシューマへ移植する際、ただの丸写しではなくコンシューマ向けに大幅に独自開発された
サウンドを追加し、新規空港を追加し、遊びやすくするために難易度調節も施した
・宣伝費約6565万円をかけてコンシューマ版ぼく管の知名度を上げた
テクノブレイン社長に直接商標を取っていいか確認して許可を貰った
・コピー対策のために自社製品は必ず商標を取るような方針を取っていた
ゲームボーイアドバンス版ぼく管の発売は2000年12月、コンシューマ版の商標を取ったあとに気がつき、驚いた。当社の商標の侵害にあたるとおもった。
・当社の商標として認識されているぼく管をただ乗りしている格好になるため、売り上げの10%にあたる3284万円を支払え



この上半分に関してはそこそこ理解できなくはないような主張のように思えます。当時としては「PC向けソフトウェア」と「家庭用ゲームソフト」とが同一のものとは見なされていませんでした。今のようにPCとプレイステーションとでマルチソフトが出るのが当たり前……というわけではなかったのです。


しかしタム社の反論(およびテクノブレインの動き)によってこれらの言い分が揺らぎだしました。



・該当製品はそもそも2000年8月に行われた任天堂スペースワールド2000にて発売を発表している。2000年12月にはじめて知ったという日本シスコン社の言い分には無理がある
シスコン社はその発表を知った後、10月に商標出願手続きを行った。テクノブレインに無認可で。社長から許可を貰ったというが、対価や承諾許諾条件や詳細について何らの取決めがされていないのは不自然
・しかも口頭で許諾を与えるというのは極めて不自然
・そもそもそのテクノブレインが商標登録をした直後に,商標登録異議の申立てを行っている
シスコン社が商標出願したのは許諾を受けたと主張する時期(平成11年7月)から1年以上経過した後の平成12年10月12日で、コピー対策というのには遅すぎる
・そもそも元々PCゲームとしてぼく管はすでにヒットしておりシスコン社はそのPS1向け移植作品の非独占サブライセンシーでしかない(しかも裁判中に契約が終了)



これらの反論を受け、裁判所が出した結論としては




シスコン社の本件商標権に基づく請求は,公正な動機に基づくものとはいえない。すなわち,
シスコン社は、タム社が平成12年8月24日に被告ソフトの発売を公表して発売予定を知った直後の平成12年10月12日、テクノブレイン社の許諾を得ずに本件商標の出願手続を行った
シスコン社タム社ソフトが平成13年春発売予定であることを理由として早期審査の請求をしている
シスコン社テクノブレインに対して著作権侵害及び不正競争防止法違反を理由として二回にわたり警告を発したりしていること等の事情に照らすならば,シスコン社が本件商標を出願し登録を受けた本件商標権に基づき本訴請求をしたのはテクノブレインから実施許諾を得て,被告ソフトを製造,販売するタム社の行為を不法に妨げる目的でされたものとみるのが相当である。
シスコン社の被告に対する本件商標権に基づく請求はタム社ソフトの製造について許諾を与えたテクノブレインの標章と同一の標章を自ら商標登録した上,本件商標権に基づいて権利行使されたものであり,また,その目的もテクノブレインのライセンシーの製造,販売を妨げるためにされたものと解されるから,正義公平の理念及び公正な競争秩序に反するものとして,権利の濫用に当たり許されないというべきである。


このような判決が下り、シスコン社の請求は棄却。訴訟費用はシスコン社の負担となり、完敗しました。このあと再度テクノブレインから商標の異議申し立てがあがり、この裁判の結果を持って見事商標取り消しとなりました。実はその異議申し立ては二度目であり、最初はこの裁判の前に行われていましたが、特許庁の判断では「PCゲームとコンシューマ向けとでは別だから、商標は有効」というものでした。ものすごく意外に思われるかもしれませんが、特許庁の判断をみると大抵の商標の異議申し立ては却下されているようです。一度通った商標は覆すのは難しい……ということですね。


そしてこの裁判でわかるのはもう一つ。そうやって獲得した商標でも丸儲けしようとしても、なかなかうまくいかない、ということです。シスコン社がこれ以外で商標関連で裁判を起こした様子はなく、そのうえゲーム会社としての活動はやめ、もう一つの事業の柱だったパチンコ・パチスロ機製造のほうに注力し、そちらのほうで現在でも第一線で活躍する企業となっています。やはり地道に働くのが一番のようです。


ちなみに商標関連で検索を書けるとカプコンがロックマンボルトという接着剤を訴えていたり(結局訴えは棄却されています)、テクモコナミ「実況ワールドサッカーはうちのテクモワールドサッカーの商標を侵害している!」と訴えていたりと(これも棄却されてました)、実はかなりいろんなことが起きていたことがわかります。「コナミは全く無関係のこなみ珈琲を訴えるくらい非道な会社だったんだ!」と先走る前に、検索してみると楽しいですよ。


ここでこの記事は終わります。お疲れ様でした。



参考リンク
shohyo.hanrei.jp

特別編 「KONAMIの社長はゲーム嫌い」という伝説におくるレクイエム

ずいぶんと昔になりますがこのような記事を書きました。かなりの反響をいただけて少しは「コナミの社長はゲーム嫌いだ」という風説を打破することができたのではないかと思っています。
今回の記事はその続きです。(なのでできれば前回の記事を読んでいない方は目を通していただけると幸いです)



さて、前回の記事ではコナミがゲームという表現から逃れることで、なんとかゲーム会社として大きくなっていったことの歴史を語りましたが、具体的にどのようにゲームに携わっていったか、謎のままでした。実はコナミの創業からゲームに携わることについてはインターネット上で確認することができません。社長がどのようにゲームの道を歩んだか、Wikipediaではさらりと記述して終わりです。



私はコナミに関する資料をいろいろと取り寄せました。国会図書館からです。

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日経ベンチャー1999年3月号64p


オンラインでコピーを送るサービスをやっているんですが、本当に素晴らしいサービスです。大量に集めた資料の中に、コナミの創業時について現コナミホールディングス会長上月景正氏が直接語る記事がありました。いかにしてコナミはゲーム分野に踏み込んだのでしょうか? 日経ベンチャー(現在は日経トップリーダー)1999年1月号-4月号に組まれた社長大学、コナミ社長上月景正特集。この記事を使い解説いたします。




まず上月景正氏の生い立ちを説明いたします。1940年生まれの上月氏終戦時の1945年、父親が病死します。母親は6人の子供を抱えながら働いており、上月氏は5番目の姉弟だったものの長男ではありました。母親は高校にいくことを勧め、良い就職先を見つけるために工業高校へ進学。なおこのとき自ら高校の文芸部をつくり、その活動にも精を出していたとのことです。映画や小説に対する夢がこのときから生まれていたと語っています。


その後、ソニーのサービスセンターに入社。故障したトランジスタラジオをただただ直す日々でしたが、仕事の覚えが早くトントンと係長まで出世しました。
しかし三年目、雑誌にて大学の通信教育を発見し、即入学。これが面白くてしかたがなかったと語るほどで、会社に無理をいって一ヶ月の休暇をもらい、通信教育だけでなく本物のキャンパスで授業を受けたとのことです。学生会館にとまり、慶応大学に通い、授業後に演劇を見る……と、この一ヶ月で本物の、楽しい学生生活を行いました。
このとき知り合った仲間から夜間学部の存在を教えてもらい、関西大学の夜間学に入学。昼間は仕事をし、夜に学校に通っていたのです。


卒業間際に知人に誘われ日本コロムビアに転職。そしてまもなくそこでジュークボックスの販売を任されることになりました。しかしこれは不調におわり、コロムビアが想定していたほどの市場規模がなかったということでコロムビアはジュークボックス販売から撤退します。しかし一度販売したジュークボックスは稼働し続けているわけで、それのサポートを求められました。そこで上月氏は会社をやめ、そのジュークボックスの修理対応などをする便利屋を始めました。


コロムビア時代に売った先は主に夜の飲食店、繁華街のバーです。その中の得意先で「ジュークボックスだけじゃ物足りない。なにかおもろいゲームはないんか」といわれ、そこで試しにピンボールをまねた小型のゲーム機を作ってみたところ(社長いわく「他愛のない代物」)、それが飛ぶように売れたのです。これにチャンスを見た上月氏は自宅を本社所在地として「コナミ工業株式会社」を設立しました。資本金は100万円。商材は、手作りのゲーム機です。


そこから上月氏は時代の流れにあわせ変化をし続けました。バネ仕掛けだったゲーム機にモーターを取り付け、アメリカでビデオゲームが登場すればその技術を取り入れる。任天堂ファミコンを作ればサードパーティーとして即参入(コナミは初期のサードパーティーとしての優遇措置を任天堂から受けています)。これらのソフト売り上げでコナミは大きく伸ばすことができました。


この流れを振り返り、上月氏はこういいます。「私のしてきたことは、『忌み嫌われた仕事』の積み重ねでした」と。重たいジュークボックスをかついで飲み屋を回り、「青少年教育の敵」といわれたビデオゲーム普及期。しかしどんなときも自分の目の前の仕事に打ち込み、事業を維持、発展させることだけに神経を集中して、苦しさを乗り越えてきました、と。



このインタビューの最後、上月氏はこのようなことを語っています。「最近、なんだか不思議な思いにとらわれています」と。目の前の仕事に取り組んできた結果、10代の頃の夢がどんどん近づいてきたと。
今の(1999年の話です)ゲームソフトは映画に勝るとも劣らない表現手段になり得ます。ラジオの修理、ジュークボックスの販売、ゲーム機の手作り生産と、食べるためにやってきた仕事が、いつのまにか作家や映画監督になりたいというかつての夢に結びついた、と。これはすごいことだと思いますし、人の生き方、事業家の生き方にはこのような道もあるのだ、と強く実感するようになりました、と。




以上でコナミ創業時の話は終わるのですが、この「社長大学」にはほか、社長交代時のドタバタやそのあとの社内の統制、海外販社の不良在庫による大赤字といった大混乱が語られているので、是非皆さん国会図書館オンラインにてコピーをとってみてください。すべて写しても送料込み千円程度で済みますし、その価値がある内容かと思います。
上月景正氏のゲームに対する思いは「好き」「嫌い」の二分で終わるような浅い話ではすみません。「コナミの社長はゲーム嫌い」という風説がいかに馬鹿馬鹿しいか、わかっていただけるかと思います。


最後に、社長大学最終回における上月景正氏の言葉をご紹介します。



ひょっとしたら、意外に早い時期に、私自身が製作責任者となって新しいゲームソフトをつくる日が来るかもしれません。しかし、その夢が実現しても、事業家としての私の挑戦は、まだまだ終わらないでしょう。私がいなくなっても、コナミがびくともせずに成長する姿を頭に描き、日々、念じ続けなければなりません。

最高のRPGとその戦闘について -ゼノブレイド-

 RPGには戦闘がある。

 戦闘には攻撃と回復がある。

 攻撃ばかりでは強敵には勝てないし、回復だけしていてもいずれはMP(もしくはそれに類する概念)がなくなり回復アイテムが尽きて敗北だ。


 レベルをあげて物理で殴りたおせる場合もあるだろうが、いかにして強敵を倒すか、そこがRPGの戦闘のミソになる。戦術、戦略はプレイヤーが考えなければならない。装備といった事前準備も必要だ。


 さて、もし回復アイテムの概念がなく、MPの概念もなく、回復スキルが使い放題のRPGがあったらそれは面白いだろうか?
 「それじゃ自分の回復量が相手の攻撃力を上回っていたら絶対に勝てちゃうじゃないか。面白くないよ」と思う人がいるかもしれない。


 そこを乗り越えて世紀の傑作に仕上げたゲームがある。当ブログで紹介するのも今更過ぎて恥ずかしくもあるが、10年前にWiiで発売されたゼノブレイドがそうだ。私と、おそらくこれをプレイした多数のプレイヤーがWiiの中の最高傑作ソフト」として挙げるソフトである。任天堂が発売し、モノリスソフトが開発したこのゼノブレイドの戦闘部分を中心に、如何にこれが傑作なのか、語っていきたい。



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 ゼノブレイドは移動と戦闘がシームレスに行われるタイプのJRPGだ。巨大なフィールドをきままに動いていると、そこにはごく当たり前のように敵が生活している。こちらの姿を察知すれば襲ってくる敵もいれば、こちらが攻撃をしかけない限りは襲ってこない敵もいる。また、攻撃意欲盛んな敵もこちらのレベルが上がれば流石に襲ってこなくなる。




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 戦闘に移行しても、メイン攻撃は自動的に行われる。プレイヤーが操作するキャラクターは勝手に剣を振るいダメージを与えていく(これをオートアタックという)。プレイヤーはその他に事前にセットした「アーツ」で攻撃するタイミングを選ぶことができる。アーツには多彩な効果があり回復するアーツも存在する。一度使ったアーツはリキャストという待機時間を挟み、再度使用することができる。MPを消費するといった概念はなく、アイテムという概念もない。ただただオートアタックと、アーツとの組み合わせ(その他オートアタックをすることでチャージが進みそれを完了させて放つ特別な必殺アーツもあるが)で戦闘が成り立っている。しかも戦闘が終わるとHPはものすごい勢いで回復する。



 まさしく「自分のHP回復量が相手の攻撃力を上回っていたら絶対に勝てる」ゲームなのだ。さて、なぜそんなゲームが面白いのだろうか。このゲームの戦闘は奥深いが、何より素晴らしいのはその奥深さに進ませる導線と、奥深く進まなくてもよいという選択肢の両方をきちんと提示していることになる。
 

 詳しく説明していこう。このゲームの敵キャラクターのHPはかなり高めに設定されている。オートアタックだけでは一回の戦闘は非常に長引いてしまう。そのためプレイヤーはアーツの活用を思いつく。MPの消費がないのだから待機時間が終わったら即使ってしまってダメージを加算させればよいとすぐに気がつくはずだ。そのアーツの中に「背面特攻」「側面特攻」という概念があることにも目が行くだろう。敵の横から、後ろからあてれば2倍、3倍にダメージが伸び、もともと高威力なアーツがさらに効果的にあたり、敵のHPが一気に削れていく。それが楽しい。



 そうして高威力のアーツを連発すると、敵の反撃が起きるようになり、こちらを向くようになって思うように背面や側面が取れなくなるだろう。このゲームの戦闘にはヘイトという概念が存在し、敵により大きなダメージを与えたアタッカー、回復力の大きなヒーラーにヘイトが向くようになり、攻撃が集中するようになる。高威力のアーツをあてれば余計にそうだ。アタッカーやヒーラーは打撃に弱いため、盾役であるタンクにかばってもらうことになる。タンクは挑発アーツや範囲攻撃アーツを活用して多くの敵のヘイトを自分に向けさせる。そうして回復量が敵の攻撃力を下回るような事態を防がねばならない。


 タンクのヘイト管理を補助する概念もアーツに組み込まれている。特定のアーツには「崩し」「転倒」「気絶」を敵に与えるものがある。
 まずは「崩し」を付与させ、そこに「転倒」させるアーツをぶつける。そうすると敵は崩れ一定時間攻撃ができなくなる。さらに「気絶」のアーツをあてることで敵の行動不能時間はさらに伸びる。

 
 こちらは3人パーティで、一人を操作しのこり二人がCPU操作となるが、このCPUが非常に優秀だ。こちらが崩しを付与した次の瞬間、即転倒アーツで敵を攻撃してくれる。気絶アーツを持っていれば流れるように気絶にまで向かわせることができる。こうして敵の攻撃不能時間を伸ばすことでHP回復アーツの待機時間を稼ぐことができる。たとえ相手の攻撃力が自分たちのHP回復量を上回っていても戦術でそれをひっくり返すことができるのだ。
 これができるようになっているのがゼノブレイドの戦闘の醍醐味だ。アーツ自身も経験値とは別の概念でレベルアップすることができる。崩しができるアーツを重点的に成長させ待機時間を短くさせることができればその分ダイレクトに相手を転倒、気絶させることができる時間が伸びていく。攻撃力が高いアーツをさらに伸ばすのもいいだろう。アーツの種類は多彩に渡るため、仲間のアーツと組み合わせてどのような効果を狙うか考えるといい。考えれば考える分ダイレクトに戦闘時間が短くなる。
 
 

 そしてそれらのアーツは装備品でも変わっていく。装備品には「ジェム」と呼ばれる宝石をセットできるようになっているものが存在し、敵が落とす結晶をジェム化させてそれをセットすることで様々な効果を付与させることができる。
 HP増加は一番わかりやすいジェムだ。素早さアップ、筋力アップもつけた分だけダイレクトに戦闘に作用する。移動速度アップも便利だ。そして中にはヘイトダウンやヘイトアップ、気絶時間増加、炎・氷属性強化というジェムもある。弱点を補うようにつけるのもいいし、攻撃をより伸ばす方向で調整してもよい。貴方が試行錯誤した分、やはり戦闘時間は短くなる。
 


 そしてもう一つ、重要な要素がある。仲間たちは各自それぞれ独特なスキルが用意されていて、それは経験値を獲得するたびに順次解放される。そして仲間同士が強い絆で結ばれるとそのスキルを仲間に分けることができるのだが、これの組み合わせにより戦い方が一変する。


 有名所でいうと回避タンク役であるダンバンの持っているスキル「粋の境地」は防具を一つも装備しないと素早さが大幅にあがる。自分より上位レベルのボスを倒す際、素早さを底上げするのは必須になるため、このスキルは大いに有効だ。そのためパーティメンバー全員がこのスキルを繋げていくと、全員が裸でボスの攻撃を避けまくる事態になる。(終盤になると素早さアップのジェムを体につけきったほうが素早さの伸びは良くなるが)


 また、主人公シュルクのスキルに「チェインアタック(パーティ全員で攻撃する特殊必殺技)終了時全員HP5%回復」というものがある。これをメンバー全員につなげれば効果が重複し15%が回復となる。チェインアタックに必要なゲージは仲間と連携することで溜まるため、シュルク含めたアタッカー二人、タンク一人の構成にするとあっというまにゲージが溜まる。そのためHPが大きく削られる前にチェインアタックを繰り出し、それでHPを回復させるという戦術が生まれる。敵が固くなり始めた中盤以降で活用できる。
 スキルは複数個つなげることもできる。中盤以降、どんな戦術が生まれるか色々と試すのが楽しい。ヒーラー・カルナのエーテル力をアタッカー・メリアにつなげて無敵砲台に仕立てるのもおすすめだ。メリアは自キャラ操作で無限の可能性を秘めているキャラだ。アタッカー・リキの意外な回復力も見逃せない。


 さて、ここまで何度も「試行錯誤した分、戦闘時間は短くなる」と繰り返してきたが、「私、そういうのは苦手です! 戦闘がターン制じゃない時点でもういっぱいいっぱいで」という方もいるはずだ。ゼノブレイドの売りは戦闘だけではない。広い世界、魅力的なキャラクター、そして壮大なストーリーもだ。それらを味わうために難解な戦闘に挑まなければならない、というのが苦痛になってしまう人だっているはずだ。



 ゼノブレイドはそのような人たちに対しても真摯に対応した。



 このゲームの戦闘はレベル差が非常に大事だ。敵と自分とのレベルに一定量の差がつくと、ダメージに急激な補正がつくようになる。自分の攻撃はキモチイイくらい相手に決まり、相手の攻撃は何発くらっても致命傷にならなくなる。さらにレベルに差がつくと負けることのほうが難しいほどである。逆に自分より高レベルの相手に立ち向かう場合には装備やアーツの種類を吟味しないとそもそも攻撃が当たらない。かわりに経験値補正もつくため弱い敵相手に経験値稼ぎをするのは難しいが、強い敵を一体倒しただけでもレベルアップすることもあり得る。


 「弱い敵相手に経験値稼ぎがしにくいのならやっぱり戦闘は大変じゃないか」と思うかもしれない。このゲームの経験値は、戦闘だけで手に入るものではない。広大なマップを探索して重要拠点を見つけたら経験値が入る。人の探しものを見つけた、といったクエストをこなしたら経験値が入る。全滅した、敵を何回倒した、といったリワードを獲得すると経験値が入る……と、ことあることに経験値が入るような仕様になっている。戦闘を避け、マップを隅から隅へと探すだけでどんどんレベルは上がっていくのだ。そしてある程度レベルがあがれば自動的に自分たちのHP回復力が相手の攻撃力を上回るようになってくる。


 
 貴方には2つの方法論が提示されている。一つは試行錯誤を繰り返し、高レベルな敵へと立ち向かい続ける道。そしてもう一つは世界を楽しみ、人々と交流して強くなる道だ。しかもこれらは排他ではなく、両立させることもできる。高レベルな敵に戦いを挑み挫けたあと、寄り道していけばそれは経験値へと繋がりレベルアップとなる。レベルアップ後に再戦を挑んでもそれは恥でもなんでもない。低レベルで進むのも一つのスタイルではあるが、唯一の正解ではないのだから。


 このゲームの戦闘に対するスタイルは最終盤に現れている。ラストダンジョンに向かう前、今まで行ったことがある特定のダンジョンにレベル100超えをする超強敵モンスターが現れるようになる。主人公らのレベルは99で終わりだ。もちろんラスボスよりも遥かに強い。レベル差補正が絶対につく状態で、彼らを打ち砕くことが出来たら……貴方はこのゲームの戦闘を、完全に理解したことになるだろう。



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 彼らはストーリーに全く関係がない。貴方は彼らに挑戦してもいいし、しなくてもいい。ここまで奥深い戦闘システムを構築しておきながら、「戦闘を無理にこなさなくてもいいですよ。このゲームはそれだけではないのですから」と言い放っているのだ。モノリスソフト、恐るべし。
 

男の意地と魂の物語 -龍が如く0-

 ダイナマイト刑事というアーケードゲームがかつてありました。3D見下ろし画面のアクションで、自機である刑事主人公を操作し、敵をぶん殴り蹴り飛ばし、そこらにある棒きれや鉄パイプを持ってぶん殴り、敵の銃を殴って落とさせてそれを拾い撃ちまくり、どのご家庭でも必ずおいてある冷凍マグロ(一本物)を拾って敵をぶん殴りその耐久力がなくなってバラバラになったらそれを拾って食べて体力回復というやってて声が出るほど笑えるバカゲーです。
 道中、いきなり敵が現れ攻撃してくるイベントカットシーンが差し込まれます。そこで表示されているボタンを的確に押せば敵を華麗にカウンターでぶっ飛ばします。今ではQTEといわれ私が死ぬほど忌み嫌っている要素ですが、この頃は頻度としてはさほど多くもなく(前半ステージなら1つか2つ程度)演出も凝っていたのでむしろ好きでした。


 このゲームを作ったところは書かなくてもわかるような気がしますが、もちろんセガ。現セガ・インタラクティブです。そして今回レビューする龍が如く0を作ったところであります。


 レビューにあたって予め明言しておかなければならないのですが、私はこの龍が如くシリーズを一本もやったことがありません。真島吾朗というキャラがいる、くらいの知識でどのような展開をするのか全く知らない状態です。今回はそんなレベルでしかシリーズを知らない奴がいきなり前日譚である龍が如く0をプレイしたらどう思ったか、くらいの内容のレビューです。私と同じ用に龍が如くシリーズを全く知らない人が「いきなり0からプレイしたらどうなるのかな」と思っている人、もしくは龍が如くシリーズをやり尽くしている人が「初見から0をプレイするとこうなるのか」といった視点から読んでもらうような内容になっています。お含みおきくださいませ。

 
 この龍が如く0,総評としてはとても上質なゲームだと思います。
 東京の桐生一馬と、大阪の真島吾朗というそれぞれ別の背景を持った男たち。一方はヤクザを辞めざるを得なくなり、もう一方はヤクザに戻るがために足掻いている。そんな彼らに降り掛かった災難、というストーリーは、いったいどこでこの二人の運命が交差するのだろうか? という疑問をプレイヤーに抱かせます。先の展開が予期できないものの、二人の話が進むたびに次第に薄ぼんやりと全体像が見えてくると「もしやこれは」というプレイヤーのハラハラ感が湧き上がります。「もしや」「まさか」に変わり、そして確信に至り物語は急転直下。衝撃の後、男たちが決着とけじめをつけた爽快感が残るエンディングが待っています。
 こういった骨太のメインストーリーの脇で、町を自由に駆け回ることができ、勝手にサブストーリーも展開します。男たちの意地と執着がぶつかり合うメインストーリーとは打って変わって気の抜けた笑える展開が多いのがこのサブストーリーです。ゲームの行列に並んでようやく新作ゲームを買えた小学生がカツアゲにあってしまい、カツアゲしたゲームを取り返しに不良高校生のところへ向かうと、その高校生も別のチンピラにすでにゲームをカツアゲされていた…というものや(このサブストーリーの落ちは是非確認してみてください)、消費税導入に関わった官僚が酔っ払いに絡まれていたのを助けると(このゲームの部隊は消費税導入の頃の1988年です)お礼に税金講座が始まり、その応対で官僚が「消費税はもっと上げられる……?」「ガソリンやタバコの税金をもっとあげても文句はでにくい……?」といった怖い発言を漏らしたりとするというブラックジョークがキレているものだったりします。


 町を自由に駆け回ることができますが、同時にいつ戦闘になってもおかしくありません。チンピラや酔っぱらいは主人公たちの姿をみると自動的に喧嘩を打ってきます。シームレスに戦闘へと移行するのですが、その戦いがまさしくダイナマイト刑事を彷彿とさせる代物でした!
 ちかくに自転車があればそれを持ってぶん回す! パイロンがあれば投げる! 石像があれば壊れるまでそれでぶん殴る! そうして敵をぶっ飛ばしてヒートゲージを溜めたあとは極ボタンでトドメです。ボタン一発で自転車ごと敵を粉砕! 石像で押し潰してノックアウト! 演出が凝りに凝ってて見飽きません。真島吾朗のフルスイングもキレイでホームランです。
 メインストーリーの戦闘をすすめると合間合間に唐突にQTEが入ります。それも的確にボタンを押せば桐生一馬は華麗に敵の攻撃を避けカウンターを食らわします。ダイナマイト刑事の進化系がこの龍が如く0で見ることができました。


 しかし(ここで逆説の接続詞をつけなければならないのが本当に心苦しい)、進化系といえるのは演出部のみであったな、というのが私の感想です。


 このゲーム、戦闘のアクション部分の根幹は恐ろしく大雑把です。操作は通常攻撃、大攻撃、掴み、回避の4つで他にロックオンとガードがありますが、攻撃している最中は回避やガードには移行できません。かつ、途中で攻撃をキャンセルすることもできません。そのため一度攻撃を出したらできる限りスムースに他の敵を巻き込んでスタンさせるのを狙うのが定石になりますが、これがなかなかうまく行きません。相手の攻撃モーションが見えたとたん「あっ、これ攻撃食らうわ」とわかるのが結構なストレスになります。


 ストーリーをクリアしておいてあれなのですが、途中の銃を持っている相手複数体の対処は結局最善手がわからずじまいでした。銃で打たれると強制的にスタン状態になりかつAボタン連打をしないと立ち上がれない仕様なので、何が何でも銃を持っている相手を即潰しにいかないといけないのですが、複数人銃を持っている敵がいると困難を超えて不可能になります。そのうち一人を叩きのめしている間にもう一方が発砲 → 攻撃モーションに移っている真島吾朗は打たれてスタン → 殴ってた相手も復帰して撃たれる という極悪コンボが完成します。ちかくに武器となるものが落ちていれば範囲攻撃で巻き込むこともできますが、それをしている最中で撃たれればスタンになりかつ武器は手放してしまいます。


 こちらも銃を用意して即撃つということもできますが、このゲーム、銃は残弾制で即弾切れになります。基本殴るゲームなのに、この仕様は如何ともし難いものになっています。もしかしたら巧い立ち回りがあるのかもしれませんが、それをプレイヤーに周知できる流れになっていないのは減点対象でしょう。バットマンアーカムシリーズやベヨネッタのようなアクションゲームは巧いこと回避と攻撃を入り混ぜたゲームデザインに仕上げています。なんとかそこまで到達してほしかったと願わずにはいられません。


 そして、そして最大の問題なのですが、このゲームエンディングのスタッフロール後で人物紹介とともに今までのシリーズのネタバレをやってくれるんですよ! 
 私、シリーズやったことないんですってば!!! 好きになったメインキャラの死に様をさくっとしたテキストで知りたくなかったですよ!!! 
 いや、これは前日譚から始めた私が全般的に悪いんですけど、私のような目にあわないためにも、はじめて龍が如くシリーズをやってみようという方はご注意ください。めちゃくちゃビックリしましたから。


 難点を上げてはいますが、そのアクション部分も難易度をイージーに落とし、かつ回復アイテムを多めに用意すれば、アクションが下手な人でもクリア自体は困難ではないゲームだと思います。男たちのドラマであるメインストーリーは是非プレイして涙してもらいたい(とくに幼馴染である錦山との絡みは涙と燃えが止まりません)と思います。


 最後に、このゲームを私はXBOX GAMEPASSにてプレイしました。このサービス凄すぎます。

ウルトラマンタイガ・レビュー

 映画「ウルトラマンルーブ セレクト 絆のクリスタル」見ました。これが面白かったんですよ。
 ウルトラマンニュージェネレーションズのレビューにて私はルーブのことを「特撮面においては比類ないレベルにまで昇華したものの、脚本に問題点を抱えた」作品という評価を下しました。この映画版は本編の一年後を描いた後日談ですが、いやいやなるほど、イマイチ踏み込めていなかったキャラの設定や魅力を逆に利用して、ぐぐっとキャラの魅力を引き出すことに成功しています。あまりキャラが立っていたとは言い難い兄弟の、兄カツミに焦点を当てウルトラマンか、湊カツミか」という自問自答をするようにし「湊カツミのやりたいことは何なのか」「俺の夢はいったい何だったのか」という問いをさせています。

 そしてその悩みに明確な答えを出すことはできないとしても、一歩ずつ着実に、翼ではなく、自らの足で進んでいくしかないんだという答えを自ら見つけ、湊カツミとして怪獣化してしまった親友を助け出し、ウルトラマンとして別の星のピンチを助けることもできた…というエンドに繋げました。


 本編のイマイチ消化不良だったエンディングとは打って変わってスッキリした、素晴らしいエンディングだと思います。これを持ってウルトラマンルーブの話は一つ終わりを迎えることができました。とある弱点を除いて。




 さて、いきなり脱線した話題から入りましたが、今回はウルトラマンルーブの後番組、ウルトラマンタイガ」のレビューです。
 いや、しかし素晴らしい! 毎回進化し変化し驚かしてくれるウルトラマンシリーズの特撮がまた新たな領域に到達しました。




「敵主観でロックオン攻撃をしかけるもスピードスターのウルトラマンフーマを捕らえきれず的確にカウンターを仕掛けられるカットシーン」


ウルトラマンタイタスがぶん殴った敵怪人が吹き飛びながら態勢を整えつつ地面に着地するのを見上げるローアングル」だの


ウルトラマンタイガがバックドロップで放り投げた怪獣が人々の頭上を大きく飛び越えてビル群の向こうに沈む」など



斬新な視点から怪獣とウルトラマンの戦いを見ることができ、その臨場感はとてつもないレベルです。ウルトラマンが一歩進めばアスファルトがめりこみ、車は大きく弾むのです! 




 また、ウルトラマンが三人編成なのも特徴です。タイガはウルトラマンタロウの息子、無鉄砲だけれどどこか品の良さを感じさせる若者ウルトラマンで、マッチョのタイタスは理知的で冷静だったりします。フーマはタイガに負けず無鉄砲で荒っぽく、同時に義理堅い性格で、この三人が主人公ヒロユキの体の中に入ってわちゃわちゃと漫才のようなやり取りをしています。
 タイガの「正義感で熱血漢で、けれどもまだ未熟者」という特色はとても小気味よいキャラに仕上がっています。今作の良エピソードとして上げることができる「夕映えの戦士」で、かつてウルトラマンと戦ったことがあるナックル星人は敗北後、善良な宇宙人として姿を地球人と変え、ヒロユキのよき相談相手として仲良くなりました。しかしヒロユキがウルトラマンタイガと一体化し、怪獣や侵略者と戦うのを目の当たりにしたとき、そのナックル星人はかつて戦士だった誇りを呼び戻してしまいます。そしてその誇りゆえ、ウルトラマンに、ヒロユキに戦いを挑みそして……。
 戦いのあと、嘆くヒロユキにタイガは何も言えないまま話は終わります。ヒロユキも若く、タイガもまた若い未熟者。これらの苦しさに答えを出すことも、飲み込んで済ますこともできない…という話でした。現在、AmazonPrimeで見ることができるので是非見ていただきたいです。



 困ったことにこれ以降褒めるところが急速に少なくなるというのが、このウルトラマンタイガという作品の特徴です。


 ウルトラマンタイガはウルトラマンルーブの「特撮面においては比類ないレベルにまで昇華したものの、脚本に問題点を抱えた」という評価をさらに加速させたような作品に仕上がっています。とにかく脚本がとっちらかっていて何がなんなのかわからないまま物語が上滑りしている印象をもってしまいます。
 タイガがウルトラマンタロウの息子、という要素が本編で全然活用されていないのはまだ許せます。それはいいのですが、1話の冒頭でいきなりやられたタイガが、再登場したときに「銀河に平和をもたらす光の巨人」と称されたのを見ても、「いや、冒頭でやられて散ってますよ!?」ってなりますし、ヒロインのピリカが出会った少女と秒で親友になるけどその少女は実は侵略者の手先だったのが秒で発覚! とやらされても、展開が早すぎて衝撃はありません。そもそもピリカというキャラがなんなのかよくわからないままそのエピソードに突入してしまっています。


 この「キャラの掘り下げが進む前に物語展開が進む」というのは結構深刻で、主人公ヒロユキもイマイチどういうキャラなのかピンとこないままウルトラマンタイガとなる流れになってしまっています。ストーリー的には「一度依頼を受けたら依頼人は絶対に守る」というシチュでヒロユキの熱血ぶりをアピールしているんでしょうが、それが滑るのは演じる役者の演技力から生じるものなのでしょうか。演出がイマイチだからなのでしょうか。
 ウルトラマンタイガは人物描写を致命的に失敗してしまった、というのが私の評価です。レギュラーキャラの中で「実は○○○だった!」という展開をもつキャラが一人いるのですが、そのキャラを好きになるエピソードや展開があるわけでもないので「ふーん……」で私の中で済まされてしまいました。そもそもレギュラーキャラの中で踏み込んでキャラを描写できたと言えそうなキャラは頼れる先輩ホマレくらいなのです。(そのホマレ先輩もキャラにブレが生まれていて言動の一貫性に腑に落ちなかったりしますが……)



 人物描写の失敗は急ぎ過ぎた脚本と、イマイチ演技力が冴えないキャストの二重の問題が原因ではないか、と思えます。変身する際、クレナイガイの「光の力、お借りします!」という叫び、リクのジーっとしてても、ドーにも、ならねぇ!」という叫び、そして私がイマイチ脚本にのれなかったルーブの兄弟変身でも「俺色に染め上げろ、ルーブ!」という叫びは魂すら震える格好良さがありました。
 しかし今作の変身シーンは、なんというか、力が抜けるというか、テンションの上がり方が半端に終わってしまうようなものです。ヒロユキ役のキャストが新人さんという仕方ない面もあるでしょう。(クレナイガイ役の石黒英雄さんはかつて平成仮面ライダーのラスボスを演じたこともあるベテランで、朝倉リク役の濱田龍臣さんは子役時代からもこの世界で演じている大ベテランです)
 しかもヒロイン、ピリカ役も諸事情により撮影が始まった後急遽役交代があるピンチヒッターなのです。
 そういった要素が足を引っ張ってしまい、視聴に問題が出てきてしまったのではないか、と考えます。



 そして、なにより、今作の最大の問題点。かつ劇場版ウルトラマンルーブの問題点。そう、ウルトラマントレギアです。

 このウルトラマントレギア、劇場版ウルトラマンルーブに登場する悪のウルトラマンなのですが、「光の国唯一の犯罪者」というウルトラマンベリアルの設定を崩してまで登場させたにしてはあまりに描写が浅すぎます。
 
 なぜ光の国出身の彼が闇に身を落としたか、彼の目的は、理念は、理想は。そういったものが全く描写されません。
 もちろんあえて描かないことで魅力的に描くということも出来るでしょう。映画ダークナイトの悪役ジョーカーは自身の語られる過去が毎回違うことで不気味さと底知れなさを描写していました。ジョーカー自身が語ることすら本当とは限らない、まさしくジョーカー的存在として演出されています。


 しかしこのトレギアはあまりに半端すぎました。
 何をしたいのか明確に描写をすることなく、時折顔を出してタイガたちの邪魔をし、反撃されたらさっていく。圧倒的な力を見せるでもなく、かといって見事なやられっぷりを見せるでもない、飄々とした態度で物語をかき回すだけ……。タイガが新しい力に目覚めて見事トレギアを撃破した次の週も、何事もなかったかのようにいつもの態度で現れたときには「流石にお前いいかげんにせえよ」と思ってしまいました。ウルトラマンベリアルのような力を有する魅力もあるわけではなく、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ小僧のような小悪党ぶりで魅力を出すわけでもない、なんとも微妙な悪役、といった具合です。

 一度だけ「光の国の生まれだからといって光の身に置かざるを得ない宿命に抗ってみせた」というすごくいい着地点を見出しかけたのですが、結局そこに落ち着かず話はどこかに飛んでいって消えていきました。もう少しなにか演出の仕方があったのではないのかな、と思います。


 トレギアとの決着はどうやら劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス」にて着くそうですが、残念ながらコロナ騒ぎの影響で現在公開が延期されてしまいました。私はおそらく映画をどうやっても映画館でみることはできないのですが、せめて巧いこと決着をつけて欲しいと願うばかりです。それこそ劇場版ウルトラマンルーブで、湊カツミの物語を上手く決着付けたように。