平和的なブログ

ゲームのことばっかり話してます。たまに映画とか。

最高のRPGとその戦闘について -ゼノブレイド-

 RPGには戦闘がある。

 戦闘には攻撃と回復がある。

 攻撃ばかりでは強敵には勝てないし、回復だけしていてもいずれはMP(もしくはそれに類する概念)がなくなり回復アイテムが尽きて敗北だ。


 レベルをあげて物理で殴りたおせる場合もあるだろうが、いかにして強敵を倒すか、そこがRPGの戦闘のミソになる。戦術、戦略はプレイヤーが考えなければならない。装備といった事前準備も必要だ。


 さて、もし回復アイテムの概念がなく、MPの概念もなく、回復スキルが使い放題のRPGがあったらそれは面白いだろうか?
 「それじゃ自分の回復量が相手の攻撃力を上回っていたら絶対に勝てちゃうじゃないか。面白くないよ」と思う人がいるかもしれない。


 そこを乗り越えて世紀の傑作に仕上げたゲームがある。当ブログで紹介するのも今更過ぎて恥ずかしくもあるが、10年前にWiiで発売されたゼノブレイドがそうだ。私と、おそらくこれをプレイした多数のプレイヤーがWiiの中の最高傑作ソフト」として挙げるソフトである。任天堂が発売し、モノリスソフトが開発したこのゼノブレイドの戦闘部分を中心に、如何にこれが傑作なのか、語っていきたい。



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 ゼノブレイドは移動と戦闘がシームレスに行われるタイプのJRPGだ。巨大なフィールドをきままに動いていると、そこにはごく当たり前のように敵が生活している。こちらの姿を察知すれば襲ってくる敵もいれば、こちらが攻撃をしかけない限りは襲ってこない敵もいる。また、攻撃意欲盛んな敵もこちらのレベルが上がれば流石に襲ってこなくなる。




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 戦闘に移行しても、メイン攻撃は自動的に行われる。プレイヤーが操作するキャラクターは勝手に剣を振るいダメージを与えていく(これをオートアタックという)。プレイヤーはその他に事前にセットした「アーツ」で攻撃するタイミングを選ぶことができる。アーツには多彩な効果があり回復するアーツも存在する。一度使ったアーツはリキャストという待機時間を挟み、再度使用することができる。MPを消費するといった概念はなく、アイテムという概念もない。ただただオートアタックと、アーツとの組み合わせ(その他オートアタックをすることでチャージが進みそれを完了させて放つ特別な必殺アーツもあるが)で戦闘が成り立っている。しかも戦闘が終わるとHPはものすごい勢いで回復する。



 まさしく「自分のHP回復量が相手の攻撃力を上回っていたら絶対に勝てる」ゲームなのだ。さて、なぜそんなゲームが面白いのだろうか。このゲームの戦闘は奥深いが、何より素晴らしいのはその奥深さに進ませる導線と、奥深く進まなくてもよいという選択肢の両方をきちんと提示していることになる。
 

 詳しく説明していこう。このゲームの敵キャラクターのHPはかなり高めに設定されている。オートアタックだけでは一回の戦闘は非常に長引いてしまう。そのためプレイヤーはアーツの活用を思いつく。MPの消費がないのだから待機時間が終わったら即使ってしまってダメージを加算させればよいとすぐに気がつくはずだ。そのアーツの中に「背面特攻」「側面特攻」という概念があることにも目が行くだろう。敵の横から、後ろからあてれば2倍、3倍にダメージが伸び、もともと高威力なアーツがさらに効果的にあたり、敵のHPが一気に削れていく。それが楽しい。



 そうして高威力のアーツを連発すると、敵の反撃が起きるようになり、こちらを向くようになって思うように背面や側面が取れなくなるだろう。このゲームの戦闘にはヘイトという概念が存在し、敵により大きなダメージを与えたアタッカー、回復力の大きなヒーラーにヘイトが向くようになり、攻撃が集中するようになる。高威力のアーツをあてれば余計にそうだ。アタッカーやヒーラーは打撃に弱いため、盾役であるタンクにかばってもらうことになる。タンクは挑発アーツや範囲攻撃アーツを活用して多くの敵のヘイトを自分に向けさせる。そうして回復量が敵の攻撃力を下回るような事態を防がねばならない。


 タンクのヘイト管理を補助する概念もアーツに組み込まれている。特定のアーツには「崩し」「転倒」「気絶」を敵に与えるものがある。
 まずは「崩し」を付与させ、そこに「転倒」させるアーツをぶつける。そうすると敵は崩れ一定時間攻撃ができなくなる。さらに「気絶」のアーツをあてることで敵の行動不能時間はさらに伸びる。

 
 こちらは3人パーティで、一人を操作しのこり二人がCPU操作となるが、このCPUが非常に優秀だ。こちらが崩しを付与した次の瞬間、即転倒アーツで敵を攻撃してくれる。気絶アーツを持っていれば流れるように気絶にまで向かわせることができる。こうして敵の攻撃不能時間を伸ばすことでHP回復アーツの待機時間を稼ぐことができる。たとえ相手の攻撃力が自分たちのHP回復量を上回っていても戦術でそれをひっくり返すことができるのだ。
 これができるようになっているのがゼノブレイドの戦闘の醍醐味だ。アーツ自身も経験値とは別の概念でレベルアップすることができる。崩しができるアーツを重点的に成長させ待機時間を短くさせることができればその分ダイレクトに相手を転倒、気絶させることができる時間が伸びていく。攻撃力が高いアーツをさらに伸ばすのもいいだろう。アーツの種類は多彩に渡るため、仲間のアーツと組み合わせてどのような効果を狙うか考えるといい。考えれば考える分ダイレクトに戦闘時間が短くなる。
 
 

 そしてそれらのアーツは装備品でも変わっていく。装備品には「ジェム」と呼ばれる宝石をセットできるようになっているものが存在し、敵が落とす結晶をジェム化させてそれをセットすることで様々な効果を付与させることができる。
 HP増加は一番わかりやすいジェムだ。素早さアップ、筋力アップもつけた分だけダイレクトに戦闘に作用する。移動速度アップも便利だ。そして中にはヘイトダウンやヘイトアップ、気絶時間増加、炎・氷属性強化というジェムもある。弱点を補うようにつけるのもいいし、攻撃をより伸ばす方向で調整してもよい。貴方が試行錯誤した分、やはり戦闘時間は短くなる。
 


 そしてもう一つ、重要な要素がある。仲間たちは各自それぞれ独特なスキルが用意されていて、それは経験値を獲得するたびに順次解放される。そして仲間同士が強い絆で結ばれるとそのスキルを仲間に分けることができるのだが、これの組み合わせにより戦い方が一変する。


 有名所でいうと回避タンク役であるダンバンの持っているスキル「粋の境地」は防具を一つも装備しないと素早さが大幅にあがる。自分より上位レベルのボスを倒す際、素早さを底上げするのは必須になるため、このスキルは大いに有効だ。そのためパーティメンバー全員がこのスキルを繋げていくと、全員が裸でボスの攻撃を避けまくる事態になる。(終盤になると素早さアップのジェムを体につけきったほうが素早さの伸びは良くなるが)


 また、主人公シュルクのスキルに「チェインアタック(パーティ全員で攻撃する特殊必殺技)終了時全員HP5%回復」というものがある。これをメンバー全員につなげれば効果が重複し15%が回復となる。チェインアタックに必要なゲージは仲間と連携することで溜まるため、シュルク含めたアタッカー二人、タンク一人の構成にするとあっというまにゲージが溜まる。そのためHPが大きく削られる前にチェインアタックを繰り出し、それでHPを回復させるという戦術が生まれる。敵が固くなり始めた中盤以降で活用できる。
 スキルは複数個つなげることもできる。中盤以降、どんな戦術が生まれるか色々と試すのが楽しい。ヒーラー・カルナのエーテル力をアタッカー・メリアにつなげて無敵砲台に仕立てるのもおすすめだ。メリアは自キャラ操作で無限の可能性を秘めているキャラだ。アタッカー・リキの意外な回復力も見逃せない。


 さて、ここまで何度も「試行錯誤した分、戦闘時間は短くなる」と繰り返してきたが、「私、そういうのは苦手です! 戦闘がターン制じゃない時点でもういっぱいいっぱいで」という方もいるはずだ。ゼノブレイドの売りは戦闘だけではない。広い世界、魅力的なキャラクター、そして壮大なストーリーもだ。それらを味わうために難解な戦闘に挑まなければならない、というのが苦痛になってしまう人だっているはずだ。



 ゼノブレイドはそのような人たちに対しても真摯に対応した。



 このゲームの戦闘はレベル差が非常に大事だ。敵と自分とのレベルに一定量の差がつくと、ダメージに急激な補正がつくようになる。自分の攻撃はキモチイイくらい相手に決まり、相手の攻撃は何発くらっても致命傷にならなくなる。さらにレベルに差がつくと負けることのほうが難しいほどである。逆に自分より高レベルの相手に立ち向かう場合には装備やアーツの種類を吟味しないとそもそも攻撃が当たらない。かわりに経験値補正もつくため弱い敵相手に経験値稼ぎをするのは難しいが、強い敵を一体倒しただけでもレベルアップすることもあり得る。


 「弱い敵相手に経験値稼ぎがしにくいのならやっぱり戦闘は大変じゃないか」と思うかもしれない。このゲームの経験値は、戦闘だけで手に入るものではない。広大なマップを探索して重要拠点を見つけたら経験値が入る。人の探しものを見つけた、といったクエストをこなしたら経験値が入る。全滅した、敵を何回倒した、といったリワードを獲得すると経験値が入る……と、ことあることに経験値が入るような仕様になっている。戦闘を避け、マップを隅から隅へと探すだけでどんどんレベルは上がっていくのだ。そしてある程度レベルがあがれば自動的に自分たちのHP回復力が相手の攻撃力を上回るようになってくる。


 
 貴方には2つの方法論が提示されている。一つは試行錯誤を繰り返し、高レベルな敵へと立ち向かい続ける道。そしてもう一つは世界を楽しみ、人々と交流して強くなる道だ。しかもこれらは排他ではなく、両立させることもできる。高レベルな敵に戦いを挑み挫けたあと、寄り道していけばそれは経験値へと繋がりレベルアップとなる。レベルアップ後に再戦を挑んでもそれは恥でもなんでもない。低レベルで進むのも一つのスタイルではあるが、唯一の正解ではないのだから。


 このゲームの戦闘に対するスタイルは最終盤に現れている。ラストダンジョンに向かう前、今まで行ったことがある特定のダンジョンにレベル100超えをする超強敵モンスターが現れるようになる。主人公らのレベルは99で終わりだ。もちろんラスボスよりも遥かに強い。レベル差補正が絶対につく状態で、彼らを打ち砕くことが出来たら……貴方はこのゲームの戦闘を、完全に理解したことになるだろう。



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 彼らはストーリーに全く関係がない。貴方は彼らに挑戦してもいいし、しなくてもいい。ここまで奥深い戦闘システムを構築しておきながら、「戦闘を無理にこなさなくてもいいですよ。このゲームはそれだけではないのですから」と言い放っているのだ。モノリスソフト、恐るべし。
 

男の意地と魂の物語 -龍が如く0-

 ダイナマイト刑事というアーケードゲームがかつてありました。3D見下ろし画面のアクションで、自機である刑事主人公を操作し、敵をぶん殴り蹴り飛ばし、そこらにある棒きれや鉄パイプを持ってぶん殴り、敵の銃を殴って落とさせてそれを拾い撃ちまくり、どのご家庭でも必ずおいてある冷凍マグロ(一本物)を拾って敵をぶん殴りその耐久力がなくなってバラバラになったらそれを拾って食べて体力回復というやってて声が出るほど笑えるバカゲーです。
 道中、いきなり敵が現れ攻撃してくるイベントカットシーンが差し込まれます。そこで表示されているボタンを的確に押せば敵を華麗にカウンターでぶっ飛ばします。今ではQTEといわれ私が死ぬほど忌み嫌っている要素ですが、この頃は頻度としてはさほど多くもなく(前半ステージなら1つか2つ程度)演出も凝っていたのでむしろ好きでした。


 このゲームを作ったところは書かなくてもわかるような気がしますが、もちろんセガ。現セガ・インタラクティブです。そして今回レビューする龍が如く0を作ったところであります。


 レビューにあたって予め明言しておかなければならないのですが、私はこの龍が如くシリーズを一本もやったことがありません。真島吾朗というキャラがいる、くらいの知識でどのような展開をするのか全く知らない状態です。今回はそんなレベルでしかシリーズを知らない奴がいきなり前日譚である龍が如く0をプレイしたらどう思ったか、くらいの内容のレビューです。私と同じ用に龍が如くシリーズを全く知らない人が「いきなり0からプレイしたらどうなるのかな」と思っている人、もしくは龍が如くシリーズをやり尽くしている人が「初見から0をプレイするとこうなるのか」といった視点から読んでもらうような内容になっています。お含みおきくださいませ。

 
 この龍が如く0,総評としてはとても上質なゲームだと思います。
 東京の桐生一馬と、大阪の真島吾朗というそれぞれ別の背景を持った男たち。一方はヤクザを辞めざるを得なくなり、もう一方はヤクザに戻るがために足掻いている。そんな彼らに降り掛かった災難、というストーリーは、いったいどこでこの二人の運命が交差するのだろうか? という疑問をプレイヤーに抱かせます。先の展開が予期できないものの、二人の話が進むたびに次第に薄ぼんやりと全体像が見えてくると「もしやこれは」というプレイヤーのハラハラ感が湧き上がります。「もしや」「まさか」に変わり、そして確信に至り物語は急転直下。衝撃の後、男たちが決着とけじめをつけた爽快感が残るエンディングが待っています。
 こういった骨太のメインストーリーの脇で、町を自由に駆け回ることができ、勝手にサブストーリーも展開します。男たちの意地と執着がぶつかり合うメインストーリーとは打って変わって気の抜けた笑える展開が多いのがこのサブストーリーです。ゲームの行列に並んでようやく新作ゲームを買えた小学生がカツアゲにあってしまい、カツアゲしたゲームを取り返しに不良高校生のところへ向かうと、その高校生も別のチンピラにすでにゲームをカツアゲされていた…というものや(このサブストーリーの落ちは是非確認してみてください)、消費税導入に関わった官僚が酔っ払いに絡まれていたのを助けると(このゲームの部隊は消費税導入の頃の1988年です)お礼に税金講座が始まり、その応対で官僚が「消費税はもっと上げられる……?」「ガソリンやタバコの税金をもっとあげても文句はでにくい……?」といった怖い発言を漏らしたりとするというブラックジョークがキレているものだったりします。


 町を自由に駆け回ることができますが、同時にいつ戦闘になってもおかしくありません。チンピラや酔っぱらいは主人公たちの姿をみると自動的に喧嘩を打ってきます。シームレスに戦闘へと移行するのですが、その戦いがまさしくダイナマイト刑事を彷彿とさせる代物でした!
 ちかくに自転車があればそれを持ってぶん回す! パイロンがあれば投げる! 石像があれば壊れるまでそれでぶん殴る! そうして敵をぶっ飛ばしてヒートゲージを溜めたあとは極ボタンでトドメです。ボタン一発で自転車ごと敵を粉砕! 石像で押し潰してノックアウト! 演出が凝りに凝ってて見飽きません。真島吾朗のフルスイングもキレイでホームランです。
 メインストーリーの戦闘をすすめると合間合間に唐突にQTEが入ります。それも的確にボタンを押せば桐生一馬は華麗に敵の攻撃を避けカウンターを食らわします。ダイナマイト刑事の進化系がこの龍が如く0で見ることができました。


 しかし(ここで逆説の接続詞をつけなければならないのが本当に心苦しい)、進化系といえるのは演出部のみであったな、というのが私の感想です。


 このゲーム、戦闘のアクション部分の根幹は恐ろしく大雑把です。操作は通常攻撃、大攻撃、掴み、回避の4つで他にロックオンとガードがありますが、攻撃している最中は回避やガードには移行できません。かつ、途中で攻撃をキャンセルすることもできません。そのため一度攻撃を出したらできる限りスムースに他の敵を巻き込んでスタンさせるのを狙うのが定石になりますが、これがなかなかうまく行きません。相手の攻撃モーションが見えたとたん「あっ、これ攻撃食らうわ」とわかるのが結構なストレスになります。


 ストーリーをクリアしておいてあれなのですが、途中の銃を持っている相手複数体の対処は結局最善手がわからずじまいでした。銃で打たれると強制的にスタン状態になりかつAボタン連打をしないと立ち上がれない仕様なので、何が何でも銃を持っている相手を即潰しにいかないといけないのですが、複数人銃を持っている敵がいると困難を超えて不可能になります。そのうち一人を叩きのめしている間にもう一方が発砲 → 攻撃モーションに移っている真島吾朗は打たれてスタン → 殴ってた相手も復帰して撃たれる という極悪コンボが完成します。ちかくに武器となるものが落ちていれば範囲攻撃で巻き込むこともできますが、それをしている最中で撃たれればスタンになりかつ武器は手放してしまいます。


 こちらも銃を用意して即撃つということもできますが、このゲーム、銃は残弾制で即弾切れになります。基本殴るゲームなのに、この仕様は如何ともし難いものになっています。もしかしたら巧い立ち回りがあるのかもしれませんが、それをプレイヤーに周知できる流れになっていないのは減点対象でしょう。バットマンアーカムシリーズやベヨネッタのようなアクションゲームは巧いこと回避と攻撃を入り混ぜたゲームデザインに仕上げています。なんとかそこまで到達してほしかったと願わずにはいられません。


 そして、そして最大の問題なのですが、このゲームエンディングのスタッフロール後で人物紹介とともに今までのシリーズのネタバレをやってくれるんですよ! 
 私、シリーズやったことないんですってば!!! 好きになったメインキャラの死に様をさくっとしたテキストで知りたくなかったですよ!!! 
 いや、これは前日譚から始めた私が全般的に悪いんですけど、私のような目にあわないためにも、はじめて龍が如くシリーズをやってみようという方はご注意ください。めちゃくちゃビックリしましたから。


 難点を上げてはいますが、そのアクション部分も難易度をイージーに落とし、かつ回復アイテムを多めに用意すれば、アクションが下手な人でもクリア自体は困難ではないゲームだと思います。男たちのドラマであるメインストーリーは是非プレイして涙してもらいたい(とくに幼馴染である錦山との絡みは涙と燃えが止まりません)と思います。


 最後に、このゲームを私はXBOX GAMEPASSにてプレイしました。このサービス凄すぎます。

ウルトラマンタイガ・レビュー

 映画「ウルトラマンルーブ セレクト 絆のクリスタル」見ました。これが面白かったんですよ。
 ウルトラマンニュージェネレーションズのレビューにて私はルーブのことを「特撮面においては比類ないレベルにまで昇華したものの、脚本に問題点を抱えた」作品という評価を下しました。この映画版は本編の一年後を描いた後日談ですが、いやいやなるほど、イマイチ踏み込めていなかったキャラの設定や魅力を逆に利用して、ぐぐっとキャラの魅力を引き出すことに成功しています。あまりキャラが立っていたとは言い難い兄弟の、兄カツミに焦点を当てウルトラマンか、湊カツミか」という自問自答をするようにし「湊カツミのやりたいことは何なのか」「俺の夢はいったい何だったのか」という問いをさせています。

 そしてその悩みに明確な答えを出すことはできないとしても、一歩ずつ着実に、翼ではなく、自らの足で進んでいくしかないんだという答えを自ら見つけ、湊カツミとして怪獣化してしまった親友を助け出し、ウルトラマンとして別の星のピンチを助けることもできた…というエンドに繋げました。


 本編のイマイチ消化不良だったエンディングとは打って変わってスッキリした、素晴らしいエンディングだと思います。これを持ってウルトラマンルーブの話は一つ終わりを迎えることができました。とある弱点を除いて。




 さて、いきなり脱線した話題から入りましたが、今回はウルトラマンルーブの後番組、ウルトラマンタイガ」のレビューです。
 いや、しかし素晴らしい! 毎回進化し変化し驚かしてくれるウルトラマンシリーズの特撮がまた新たな領域に到達しました。




「敵主観でロックオン攻撃をしかけるもスピードスターのウルトラマンフーマを捕らえきれず的確にカウンターを仕掛けられるカットシーン」


ウルトラマンタイタスがぶん殴った敵怪人が吹き飛びながら態勢を整えつつ地面に着地するのを見上げるローアングル」だの


ウルトラマンタイガがバックドロップで放り投げた怪獣が人々の頭上を大きく飛び越えてビル群の向こうに沈む」など



斬新な視点から怪獣とウルトラマンの戦いを見ることができ、その臨場感はとてつもないレベルです。ウルトラマンが一歩進めばアスファルトがめりこみ、車は大きく弾むのです! 




 また、ウルトラマンが三人編成なのも特徴です。タイガはウルトラマンタロウの息子、無鉄砲だけれどどこか品の良さを感じさせる若者ウルトラマンで、マッチョのタイタスは理知的で冷静だったりします。フーマはタイガに負けず無鉄砲で荒っぽく、同時に義理堅い性格で、この三人が主人公ヒロユキの体の中に入ってわちゃわちゃと漫才のようなやり取りをしています。
 タイガの「正義感で熱血漢で、けれどもまだ未熟者」という特色はとても小気味よいキャラに仕上がっています。今作の良エピソードとして上げることができる「夕映えの戦士」で、かつてウルトラマンと戦ったことがあるナックル星人は敗北後、善良な宇宙人として姿を地球人と変え、ヒロユキのよき相談相手として仲良くなりました。しかしヒロユキがウルトラマンタイガと一体化し、怪獣や侵略者と戦うのを目の当たりにしたとき、そのナックル星人はかつて戦士だった誇りを呼び戻してしまいます。そしてその誇りゆえ、ウルトラマンに、ヒロユキに戦いを挑みそして……。
 戦いのあと、嘆くヒロユキにタイガは何も言えないまま話は終わります。ヒロユキも若く、タイガもまた若い未熟者。これらの苦しさに答えを出すことも、飲み込んで済ますこともできない…という話でした。現在、AmazonPrimeで見ることができるので是非見ていただきたいです。



 困ったことにこれ以降褒めるところが急速に少なくなるというのが、このウルトラマンタイガという作品の特徴です。


 ウルトラマンタイガはウルトラマンルーブの「特撮面においては比類ないレベルにまで昇華したものの、脚本に問題点を抱えた」という評価をさらに加速させたような作品に仕上がっています。とにかく脚本がとっちらかっていて何がなんなのかわからないまま物語が上滑りしている印象をもってしまいます。
 タイガがウルトラマンタロウの息子、という要素が本編で全然活用されていないのはまだ許せます。それはいいのですが、1話の冒頭でいきなりやられたタイガが、再登場したときに「銀河に平和をもたらす光の巨人」と称されたのを見ても、「いや、冒頭でやられて散ってますよ!?」ってなりますし、ヒロインのピリカが出会った少女と秒で親友になるけどその少女は実は侵略者の手先だったのが秒で発覚! とやらされても、展開が早すぎて衝撃はありません。そもそもピリカというキャラがなんなのかよくわからないままそのエピソードに突入してしまっています。


 この「キャラの掘り下げが進む前に物語展開が進む」というのは結構深刻で、主人公ヒロユキもイマイチどういうキャラなのかピンとこないままウルトラマンタイガとなる流れになってしまっています。ストーリー的には「一度依頼を受けたら依頼人は絶対に守る」というシチュでヒロユキの熱血ぶりをアピールしているんでしょうが、それが滑るのは演じる役者の演技力から生じるものなのでしょうか。演出がイマイチだからなのでしょうか。
 ウルトラマンタイガは人物描写を致命的に失敗してしまった、というのが私の評価です。レギュラーキャラの中で「実は○○○だった!」という展開をもつキャラが一人いるのですが、そのキャラを好きになるエピソードや展開があるわけでもないので「ふーん……」で私の中で済まされてしまいました。そもそもレギュラーキャラの中で踏み込んでキャラを描写できたと言えそうなキャラは頼れる先輩ホマレくらいなのです。(そのホマレ先輩もキャラにブレが生まれていて言動の一貫性に腑に落ちなかったりしますが……)



 人物描写の失敗は急ぎ過ぎた脚本と、イマイチ演技力が冴えないキャストの二重の問題が原因ではないか、と思えます。変身する際、クレナイガイの「光の力、お借りします!」という叫び、リクのジーっとしてても、ドーにも、ならねぇ!」という叫び、そして私がイマイチ脚本にのれなかったルーブの兄弟変身でも「俺色に染め上げろ、ルーブ!」という叫びは魂すら震える格好良さがありました。
 しかし今作の変身シーンは、なんというか、力が抜けるというか、テンションの上がり方が半端に終わってしまうようなものです。ヒロユキ役のキャストが新人さんという仕方ない面もあるでしょう。(クレナイガイ役の石黒英雄さんはかつて平成仮面ライダーのラスボスを演じたこともあるベテランで、朝倉リク役の濱田龍臣さんは子役時代からもこの世界で演じている大ベテランです)
 しかもヒロイン、ピリカ役も諸事情により撮影が始まった後急遽役交代があるピンチヒッターなのです。
 そういった要素が足を引っ張ってしまい、視聴に問題が出てきてしまったのではないか、と考えます。



 そして、なにより、今作の最大の問題点。かつ劇場版ウルトラマンルーブの問題点。そう、ウルトラマントレギアです。

 このウルトラマントレギア、劇場版ウルトラマンルーブに登場する悪のウルトラマンなのですが、「光の国唯一の犯罪者」というウルトラマンベリアルの設定を崩してまで登場させたにしてはあまりに描写が浅すぎます。
 
 なぜ光の国出身の彼が闇に身を落としたか、彼の目的は、理念は、理想は。そういったものが全く描写されません。
 もちろんあえて描かないことで魅力的に描くということも出来るでしょう。映画ダークナイトの悪役ジョーカーは自身の語られる過去が毎回違うことで不気味さと底知れなさを描写していました。ジョーカー自身が語ることすら本当とは限らない、まさしくジョーカー的存在として演出されています。


 しかしこのトレギアはあまりに半端すぎました。
 何をしたいのか明確に描写をすることなく、時折顔を出してタイガたちの邪魔をし、反撃されたらさっていく。圧倒的な力を見せるでもなく、かといって見事なやられっぷりを見せるでもない、飄々とした態度で物語をかき回すだけ……。タイガが新しい力に目覚めて見事トレギアを撃破した次の週も、何事もなかったかのようにいつもの態度で現れたときには「流石にお前いいかげんにせえよ」と思ってしまいました。ウルトラマンベリアルのような力を有する魅力もあるわけではなく、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ小僧のような小悪党ぶりで魅力を出すわけでもない、なんとも微妙な悪役、といった具合です。

 一度だけ「光の国の生まれだからといって光の身に置かざるを得ない宿命に抗ってみせた」というすごくいい着地点を見出しかけたのですが、結局そこに落ち着かず話はどこかに飛んでいって消えていきました。もう少しなにか演出の仕方があったのではないのかな、と思います。


 トレギアとの決着はどうやら劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス」にて着くそうですが、残念ながらコロナ騒ぎの影響で現在公開が延期されてしまいました。私はおそらく映画をどうやっても映画館でみることはできないのですが、せめて巧いこと決着をつけて欲しいと願うばかりです。それこそ劇場版ウルトラマンルーブで、湊カツミの物語を上手く決着付けたように。

人事を尽くせ -シヴィライゼーション2-

 人事を尽くして天命を待つというが、人事なんてなかなか尽くせるものではない。そのときは、やるだけやった、あとはどうなっても満足だと思うかもしれないが、しくじったら、そのとたんに、ああしておけばよかった、こうもすればよかったと、次から次に反省が生まれるものです。だから、どんなに人事を尽くしたつもりでも、人間は所詮は天命を待つ心境にはなれない。そういう意味でもわたしは、任天堂の名の由来のごとく、人事を尽くして天命を待つのではなく、単純に「運を天に任せる」という発想を積極的に取りたいと思っています。 元任天堂社長 山内溥



 貴方は一万人の遊牧民の指導者だ。流浪の旅を終えついに土地に根を張り都市を作ることになった。さあ首都を建てる場所を探し出そう。草原の近くならば食料は豊富だ。森ならば資源が算出できる。海や川は交易を生み出してくれる。
 立てられた首都はその場に応じた食料と資源と交易を生み出す。食料が一定量貯れば人口は増え、その分多くの土地に人を配置できる。資源は軍隊ユニットや建造物を作り出し、軍隊ユニットは未開拓の地域を探検したり、法も秩序もないバーバリアンたちから都市を防衛してくれる。建造物は様々な効果を都市に及ぼして文明の拡張を助けてくれる。交易は資金か科学か贅沢品に分配される。資金は貯めればわずか1ターンでユニットや建造物を建てることができる。科学は積み重ねることで新たな技術を発見することができる。その技術で新しいユニット・新しい建造物がアンロックされる。贅沢品は都市管理に使われる。不幸な市民が大勢いる場合、その都市は反乱を起こして機能が停止してしまう。それを防ぐため贅沢品を用意し、不幸な市民を満足させる必要がある。


 都市が大きくなり新たな軍隊ユニットを作り出した頃には、開拓民を組織し第二・第三の都市をつくることができるだろう。襲いかかるバーバリアンたちを新たに組織された軍隊が撃退し、知識人たちは技術からまた新たな技術を作り出す。アルファベットから数学を、そして数学と哲学を重ね合わせれば大学、といったように。そしていずれは万有引力の法則の発見に繋がり、それは蒸気機関を生み、内燃機関、航空工学へと進歩するはずだ。
 そうして技術の進歩を進めていればいずれは別の文明に接触するはずだ。彼らは好意的か? 敵対的か? 君の軍隊が彼らのよりも強力ならば、彼らは恐れ、そうでなければ侮ることだろう。好意的なら技術の交換にも応じるだろうが、あまりにこちらが技術で先行していると、武力をもって奪いにかかってくる。
 また、広くなる領土は首都から離れた都市ほど汚職が酷くなり、本来もつ生産力をフルに発揮できなくなる。技術で発見したより新しく近代的な政治体制に以降し、その汚職を食い止める必要がある。民主主義になれば都市はその力を存分に発揮することができるが、かわりに口うるさい議会が貴方を戦争から遠ざけようと躍起になるだろう。その上軍隊のコストは跳ね上がる。未熟な文明には民主主義は荷が重い。


 いうまでもないが世界は有限だ。どの文明も拡張し続けることはできない。表面上は仲良くしていた他文明も状況が変われば牙をむく。彼らをすべて征服するか、もしくは先んじて技術の粋を結集し、宇宙に移民ロケットを発射すれば……君の勝利だ。



 人気SLGシヴィライゼーションとはこういう流れのゲームだ。現在ではシリーズ最新作の6がコンシューマにも移植されたり、コンシューマ用に内容が簡素化されたシヴィライゼーション・レボリューション」として発売され、それの移植版がスマホにも展開していたりとして、プレイするに困らない状況だ。大変喜ばしい。
 そんな人気シリーズではあるが、初期のシヴィライゼーション1や2がどういうゲームであったのか、知る人は恐ろしいほど少ない。
 シヴィライゼーションはPCゲームではあるのだが、実は1はSFCやPS1,SSでも展開している。2はヒューマンが移植担当し、PS1にて発売された。そのはずなのだが、とにかく知る人が少ない。日本にて明確にスポットライトがあたったのは4からなのではないだろうか。(主にニコニコ動画のつー助教授の解説講座・スパ帝の動画が原因だろうか)
 そのため今回は影が薄いシヴィライゼーションの初期作、主に2を解説していく。


 実は上記のシヴィライゼーションの骨子とのいえるゲームデザインとシステムは、1時点でほとんど完成されていた。都市を作り成長させ、技術を繋げ、ライバル文明とやりとりし、制覇を目指すか宇宙を目指すか。
 非常に論理的なゲームで、数字の積み重ねがダイレクトに反映される。交易重視で人の配置を行えば他ライバルに技術力で圧倒でき、資源重視で配置を行えばその軍事力はライバルを恐れさせるだろうし、世界で一つしか作ることのできない強力な建造物「七不思議」をライバルに先じて作れれば大きなリードになる。人口増加を最優先にすれば古代の時代にもたつくかもしれないが、豊富な人口はその後の成長を加速させること疑いない。


 1や2とその後のシリーズとの相違点というと勝利条件はこの2つだけであり、まだ文化という概念や文明ごとの特性はなく、拡張主義や封建主義といったものはあくまでライバル文明の性格を表しているに過ぎなかった。戦闘は単純な計算の上で行われ、攻撃側の攻撃力と防衛側の防御力がイーブンならばどちらも勝率50%、攻撃力が2,防御力が1ならば勝利は66%といった具合。そのため屈強な戦艦が敵首都を守る古代の防衛ユニットである重甲歩兵に負ける…ということもしばしば起こり得た。
 また、ランダムイベントとして疫病や飢餓が存在した。唐突に都市の人口が減らされてしまうバッドイベントであり、これを防ぐためには穀物倉庫・上水道といった建造物が必要になる。なるのだが、これらの建造物はコストがかかるため建てるタイミングが悩ましい。あまり早期に建てるとただ起きるかどうかわからないバッドイベントを防ぐためにコストを払うだけという状況に陥る。


 そんなデザインではあったが、とにかくよくできていた。己の文明を育てていく過程で都市が多く、大きくなっていくのを視覚的に把握することができ、こちらがいち早く火薬、鉄道といった重要技術を発見すれば、ライバル文明がこぞってそれらを欲しがってきたりと、成長を実感させてくれる。そしてなにより自軍の爆撃機が他国の都市を爆撃しつくす様は愉悦以外の何物でもない。
 SFCで発売された1はパット操作故の操作性の限界や、ゲーム後半のライバルの思考の遅さが問題ではあったものの、きちんとプレイヤーを楽しませ、悩ましてくれる。思考の遅さはその後発売されたPS1版、SS版で改善されている。プレミアがついているゲームではないので是非とも触れてみて貰いたい。


 そして2なのだが、骨子は1とさほど変わらない。高解像度化、クォータービュー化させて視野性を向上させ、ユーザー補助のお助け機能をいくつか追加させた。ユニットや技術、七不思議を増やした。その上でいくつかゲームルールを変更した。


 まず戦闘ルールが変わった。HPと打撃力という概念が加わり、戦闘に勝利するたびに自分の打撃力の分、相手側のHPを減らし、次の戦闘を行う。これをどちらかが倒れるまで繰り返す、というものに変わった。基本HPは10であり、打撃力は陸戦最強ユニットの戦車でも3だ。これにより戦艦が古代の重装歩兵に負けるということはまず起こらなくなった。また減ったHPは都市に戻るか、その場で待機しないと回復しない。そのため強力なユニット一つで敵陣地を蹂躙する……というのも限界点がくるようなゲームデザインになった。
 また厄介者だったランダムイベントが起こらなくなった。食料が不足したときのみ飢餓が発生し、贅沢品が足りなくなれば反乱が起きる。逆に充分な贅沢品があり幸福な市民過半数を超えた場合は感謝祭が行われ様々なボーナスが付与される。


 また、発展先がない技術、通称「行き止まり」の技術が減った。例を一つあげると1では陶器の技術はただ穀物倉庫を立てるためだけの技術だった。そのためあえて自分から研究せず、ライバル文明から分けてもらう選択も取れる技術だった。しかし2においては近海航海術に繋がるようになり、その近海航海術は遠洋航海術、哲学へと繋がっていく重要な技術ツリーの根幹になっている。そのためできる限り早期に取らなければならない技術になった。このような行き止まりの技術が減ったことは、技術の重要度が均等に近づいたということであり、どの技術を優先させて研究すべきか、必死に考える必要がでてきたといえる。己のプレイスタイル、大陸の地形、それらを加味していこう。もし貴方の文明がいる陸地が小さな島なら早期に航海術を発見することは必須であるし、ライバル文明が好意的な態度を取っているのなら貿易技術を確立しておけば双方の都市にボーナスが入る。逆に敵対的ならば数学を獲得しそこから解禁になる投石機で相手の都市を先制攻撃すべきかもしれない。



 そうした技術の均平化、イベントや戦闘のランダム性の排除を行った結果、シヴィライゼーション2はどういうゲームになったのか。それは極限なまでに計算しつくす必要があるゲームへと変貌したのだ。


 紙とペンを用意しよう。都市が産出する資金を50%増幅させてくれる建造物「市場」はそれ自体が資金コスト1を必要とする。君主政治にて科学7,資金3の割合で市場が赤字にならないレベルの必要交易数は5だ。もし海に面していない内陸部の都市で草原・平原だけで交易を産出しようとすると5タイル必要となるため、人口は最低でも4必要(中央のタイルは人口に関係なく+1と扱われるため)になる。しかしこれはあくまで赤字にならないレベルであり、+50%の恩恵を受けようとするならば交易は最低でも12、可能なら15は必要だ。そうなれば内陸部での都市はよほど大規模にならない限りは市場を建てる意味がなくなってしまう。
 しかも人口は8以上に伸ばすには上水道が必要になる。上水道自体もコストが3かかる建造物だ。そうなれば都市単体で黒字化を目指すのは難しい。前作のようなバッドイベンドが起きないのだから、上水道の価値はただ人口の上限を伸ばすためだけにある。何も考えず立てたら赤字まっしぐらだ。それを埋め合わせるためには沿岸部か川を見つけ新たな都市をたて黒字に持っていく必要がある。それができなければ貧困にあえぐ貧しい国家へと転落するだけだ。


 その他の建造物も同じことだ。図書館は産出する知識を50%増幅させてくれるが、これを内陸部の都市に建てる意味はどれほどあるか考えなければならない。いっそのこと建造物を諦め軍隊ユニットを産出する専用の都市にしたほうがいいかもしれない。もしくはライバル文明の侵攻を食い止める城塞都市にしても良い。その城塞都市と首都とを道路で繋げばすばやく援軍を送ることも可能だ。最前線には重装歩兵、後方には機動力に優れた騎馬隊を用意すれば四方からやってくるバーバリアンたちを迎え撃つこともできるだろう。




 建造物のコスト、ユニットの性能、建てるべき七不思議、付き合うライバル文明、優先する技術、それらすべてを考えて進めなければならない。もし穴があれば、そこからすべてが瓦解していくことだろう。


 防衛圏のどこかに穴があれば、そこからバーバリアンたちは無慈悲に侵攻を開始する。
 ライバル文明との付き合い方をしくじれば戦争へとまっしぐらだ。さらにそのライバル文明が同盟をくみ複数の文明と一気に戦争となったら目も当てられない。
 強力な七不思議に目移りしてあれもこれもとしている間に、もっとも君が欲しがっていた七不思議をライバル文明がかっさらっていくかもしれない。
 軍隊ユニットを揃えることに夢中になりすぎて技術で遅れを取るかもしれない。その場合、相手は大砲をもっているのにこちらは鉄の盾で迎え撃つことになる。
 反対にこちらは大砲を備えているのに数が足りず、相手の大量の古臭い騎馬隊に首都の周りがずたずたにされることもありえるだろう。




 もちろんこれらは高難易度でプレイする場合のことだ。しかし難易度を一つあげるたびに、考えなければならないことが一つ増えていく。最高難易度天帝をプレイするたびに、貴方は自らのプレイスタイルの穴をCPUから突っ込まれることだろう。
 そしてその度に「ああすべきだった」「こうしなければいけなかった」と悔やむことになる。決して運が悪かった、という逃げを許してはくれない。次回のプレイスタイルに反映させることを約束される。ゲームとにらみ合い、ギリギリにまでバランスを取れた選択を取り続け、勝利することができたとき……まさしく貴方は「人事を尽くす」ことができたことだろう。


 このゲームで敗北し、「運が悪かったな」と思える時が来たら、貴方はこのゲームをマスターしたことになるのだ。

確率と乱数と人の心 -ランス9 ヘルマン革命-

 いただきストリートというゲームがある。すごろくのような盤面でプレイヤー同士サイコロを振り合い、お店を買い株をやりくりし目標金額にいち早く達成したプレイヤーが勝ちとなるルールだ。
 非常に良くできていて対人戦でもCPU戦でも楽しめるゲームだが、一部悪評がある。それは「強いCPU相手はサイコロの目を操作するズルを行う」というものだ。最高ランクのCPUは狙いすましたかのように空白地に滑り込んだり、逆に絶対に止まってはダメなマスをするりと抜けて危険地帯を脱したりする。なるほど、ズルといわれてもしかたないかもしれない。
 ところがこの悪評、全くのお門違いなのだ。実はサイコロの出目はゲームスタートの時点ですべて決定しており、その状況ごとで生成しているのではないのだ。株や投資で状況が変わっても、サイコロの出目がずれることはない。つまりCPUが危険地帯をすり抜けたり、都合のいい空白地にぴったりと入り込むのは「人がそのときの記憶を強烈に印象づいてしまう」という理由なのだ。確率は1/6のまま変わっていない。

 
 これと逆のアプローチを仕掛けているゲームがある。ファイアーエムブレムシリーズだ。
 このゲーム、自分と敵キャラの素早さの差や武器の性能で命中率が算出されるが、実はこの命中率、表示されているのが90%であっても実は90%ではないのだ。実行命中率というニコニコ大百科のページをご覧いただければわかるが、90%と表示される命中率は実は98%オーバーで、命中率10%の場合はわずか2%に過ぎない。


 なぜこのような実装をしているのか? それは認知の差を埋めるためだ。どうしても当たると思っている攻撃が外れたときの印象のほうが強く残る。当たるはずのない攻撃があたっときの衝撃は忘れがたい。その実際の確率と印象との度合いを和らげるがため、表記と実際の確率をずらしているのだ。人間は常時数字を冷静に把握できるというわけではない。



 以上のことを頭の片隅においてもらって本題にいこう。今回のレビューはアリスソフトの有名シリーズ、「ランス9-ヘルマン革命-」だ。



 ランスシリーズについては前回のレビューで書いたとおりで特記すべきことはない。シリーズものの通り10の前作にあたり、ストーリーとしては、雪と氷に覆われた政治腐敗の結果疲弊と汚職が激しいヘルマン帝国を救うべく革命に立ち上がった男がいた。かつて国を追われてしまった皇子パットン。彼は国を救うべくかつて敵として戦った最強の男、ランスに助けを求める。ランスはランスでパットンのことを助けようなんて気はさらさらなかったものの、諸々の事情とかわいい女の子を求めて彼と行動をともにすることとなる。

 このゲームはエロゲーであるが、漢の描写がとてもうまい。


 理想のために戦うパットンもそうだが、パットンの傍ら、その理想を支えんとする親友ヒューバート。
 自国の限界と革命の正しさを理解しつつも自らの立場ゆえ敵として立ちふさがるレリューコフ。
 国と親友の革命のために命をかけて立ち向かうアリストレス。
 ただの助っ人という立場なのに関わらずランスと任務と己のプライドのために最前線で突っ込む赤い死神リック。


 終盤、敵の総大将がいる箇所へ突破する際、後ろから追手が仕掛けてくる。ドアの前にリックが立ち止まり、「ここは私におまかせください。貴方達は一刻も早く先へ!」というよくある展開が繰り広げられる。普段は今生の別れフラグが立つものの、ランスは男相手なのであっさり置いて先に行く。そしてリックは水を得た魚のように剣を振るいバッタバッタとなぎ倒す。そう、リックはこういう場面でこそ生きる男なのだ。敵の返り血で鎧が赤く染まりまさしく赤い死神の異名にふさわしい格好になるリックを前に、へたり込む敵兵の一人。「ダメなんだ……。ダメなんだよ。あいつは本当に止められないんだ……」と震える。そう、かつて以前のシリーズで同じような場面があり、足止めするリック一人に無数のヘルマン兵が倒されたのだ。それを知っているからこそランスはリックを一人で置いていったのだ。


 こういったシチュエーションをイベント戦闘ではなく、普通の描写としてしれっと読ませていく。ゲームとしての思い切りの良さが心地よい。

 イベント戦闘に頼らない描写は他にもある。かつて古代の自律型破壊兵器が敵の手によって復活し、ボディガードとして運用される。当然、プレイヤーとしてはこいつはどこかのボスとして登場するのだな、と認識するのだが、なんとこのキャラはイベントバトルではない地の文章で倒されてしまうのだ。しかし読み込ませる文章の上手さと演出の巧みさでプレイヤーのテンションがガンガン上っていく。判断の上手さの勝ちだ。



 説明の順番が前後するが、このゲームはスーパーロボット大戦ファイアーエムブレムと同じジャンル、ターン制戦術SLGだ。ターンが始まり素早さの高いキャラごとに行動をして攻撃をしかけ、戦闘ごとの目標を達成したらクリアである。キャラの個性は色濃く出ていてパットンは味方をかばう事ができ、ランスとリックはガンガン前線に出て敵を倒していけるアタッカーだ。必殺技も各自用意されていて、リックの必殺技は「お前はスパロボZZガンダムのハイメガキャノンか」と思うほどの広範囲高威力を誇る。後方支援に特化する弓使い、敵の装甲を無視できる魔法使い、攻撃力は低いものの回避力と移動力に特化したスカウト、といった具合に多種多様なキャラを使いこなしていく必要がある。


 基本的な作りは古のアリスソフトファンならママトト/ままにょにょシステム」だと説明すればわかるだろうか?(ラストバトルのBGMもそのアレンジだ)
 実のところ古典的ターン制SLGをベースにしているため、よほど破綻がなければ低評価にならないわけがない。なのだが、それに付随した新要素がいまいち理解に及ばないものが多い。


 例えば武器、防具の強化は資金をかけて行うのだが、少し面白いのが防具の強化を行っても装甲の数値強化はあくまで一時的なもので、一度攻撃を受けて減少したものはデフォルト値に戻るのだ。鎧に装甲を増してもその装甲が剥げてしまったら元の鎧に戻るようなイメージだ。なかなかちょっと他のゲームでは見られない。


 さらに独特なのが武器だ。これは完全に運で、成功すると1ポイント上昇し、失敗すると何も変わらない。強化にかかる資金は最初は少ないが、どんどん必要金額が跳ね上がる。失敗し続けると強化されないのに必要金額だけが上がることになる。この仕様は理解しがたい。背景で乱数調整が行われているらしく、最終的には確率が収束して同じ強化値になるようになっているらしいが、それならばいよいよこんなガチャを回さなければならない仕様になっているのがわからない。ただの手間だ。


 装甲について少し語ったが、このゲーム、減少するのは装甲だけではない。回避というパラメータが存在するが、敵の攻撃を回避するたびにこの数値が少しづつ減っていく。何度も何度も敵の攻撃を避けるとスタミナ切れを起こしてダメージを受けてしまう、というイメージだろうか? なんとなくわかる仕様だろう。
 それと並行して受け流しというパラメータも存在する。これは戦士系のキャラが剣を使い相手の攻撃を受け流すイメージだ。若干ダメージを受けてしまうが防御として機能する。これも何度も受けると減少していき、最終的には直撃を受けてしまうことになる。これもなんとなくわかる仕様ではあるまいか。
 そして最後、回避や受け流しもできずにHPが0になるといよいよもってキャラが戦闘不能……にならなかったりする。このゲームには根性というパラメータがあり、それによってHPが1で踏みとどまったりもする。根性があるキャラは二度三度と続けて踏みとどまることもよくある。ランスは特にこのパラメータが高いので安心だ。



 さて、困ったことにこれらのパラメータはもちろん敵も作用する。するとどうなるだろうか。相手のHPとこちらの攻撃力を見比べ、どの敵なら倒せるか予想する。大まかな予測は自動計算で○(当たれば倒せる)、△(倒せるときもある)、×(まず倒せない)の三段階で敵アイコンの脇に表示してくれる。敵は当然わらわらと出てくるので挑発もちのキャラで誘導しつつアタッカーを前線に送り攻撃をしかけて数を減らそうと…するが、回避が働いてスカっとミスる。○がついていても回避を見ていなかったこちらのミスだ。仕方ない。
 敵の回避が減ったので次の攻撃にトドメを……刺そうとしたところで受け流しをされる。これも仕方ない。受け流しというパラメータがあることは知っているはずだ。
 別キャラクターの攻撃でいよいよトドメ……としたところで、敵の根性で倒しきれない。さすがにもうここはミス云々では己の感情が済まされなくなってくる。


 このゲームはいうなれば「命中率99%の攻撃がミスりまくる体験ができるゲーム」になっている。自分の攻撃ターンには相手に○とついていても、それがまったく信用できない。とにかく回避と受け流しと根性とで敵がサクッと倒れてくれない。攻撃のたびにすべての敵キャラのパラメータを熟知しろという理屈だが、先も述べたようにこのパラメータはただの目安だ。実際に攻撃を行った際の命中率が表示されるわけではない。
 前述のファイアーエムブレムとも、いただきストリートとも違う別次元のアプローチを仕掛けプレイヤーを困惑させることに成功している。プレイをし続けるたびにふつふつとゲームと乱数に小馬鹿にされている気分になれる。こんな仕様にするのなら、回避率、受け流し率、根性復活率を随時表示すべきではなかっただろうか? プレイヤーはファンネルを切り払われるとムカつく習性があるのだ。


 救済措置として魔法使いの攻撃はすべての判定をスルーしてあたるというものがあるが、これも問題になっている。最終章を除けば自軍の魔法使いは2人だけ。しかし敵は無関係にどんどこ魔法使いを出現させる。討ち漏らせば即ランスやパットンが倒れる羽目になるだろう。このあたりのバランス取りを放棄しているのが見えて心苦しい。


 総評としては物語は◎、ゲームシステムとゲームバランスに難がある、という評価にならざるを得ない。しかしこのゲームシステムはランス10と比較したらまだ理解できうる範囲内に留まっているし、ゲームバランスもキレてアンインストールする羽目にまでは至らない。


 なお肝心のエロ要素に関しては『紳士的な執事になる薬を事故で飲んでしまいヒロインに対して理想の執事として接することになるランスだが、風呂の世話をしている最中に欲望が薬を上回ってヒロインに襲いかかる』という大笑いできる展開があったので是非見てほしい。

PCエンジンminiが届いたときに

本日PCエンジンミニが届きました。
早速接続し、スイッチオン。今の時代、HDMIとUSBで何でも済ませられるのは素晴らしいと思います。

そしてコントローラーを握った私を襲ったのは違和感でした。
なにかが違う。
コントローラーはこんなに固くなかったはずだ、と思いました。PCエンジンのコントローラーはもっとふにゃふにゃで手応えがないはずだ、と。

そして一瞬後わかりました。私のPCエンジンのコントローラーは、使い込み使い込み、その結果ふにゃふにゃになっていったんだと。

ああ、そうだ。子供の頃必死にゲームに立ち向かい、コントローラーを握りしめた結果の結晶があの感覚なんだと。

改めて新品となったコントローラーを握りしめ、再度かつて立ち向かったゲームたちを前にこう思います。

ありがとうPCエンジン。そして、これからもよろしく。

光のゲームと、闇の裏事情 -幻影異聞録♯FE ENCORE-

以前このようなレビューを書いた。WiiUで発売され、そのままあまり日の目を見ることなく沈んでいったとあるRPGへのレビューである。
しかしレビューを書いて二年後、ゲームが発売されて四年後という今、あろうことかSwitchへと追加要素を含んだ移植がなされた。大変喜ばしい。
この幻影異聞録♯FE ENCORE」について、前回書いていなかったこと、WiiU版との変更点を含め改めてレビューすることにする。



まず、大まかな違いから解説しよう。オリジナルWiiU(以下オリジナル版と記載)にはいくつかDLCが存在し、Switch版のENCORE(以下ENCOREと記載)にはそれらが最初から全て含まれており、追加衣装や経験値・熟練値稼ぎすることができるおまけダンジョンが内包されている。とはいえこれはおまけや救済措置であり、別にオリジナル版をプレイする人はDLC必須ということではない。
戦闘へ移行する際のロードが高速化され、また最後の方へとなると冗長化するセッション攻撃演出を簡素化することも可能となった。ダンジョンへと移動する際の読み込みもかなり軽減化された。


WiiUとSwitchのスペック差がダイレクトにプレイ環境へと響いたという感触を受ける。思った以上にサクサクと進めてオリジナル版のテンポのイマイチさに今更ながら気がつくといった具合だ。セッション演出の簡素化は必須ではなかったが、後半なんども見せられることになるので経験値稼ぎのときには使うとスムースに行えた。
また新しい追加シナリオが収録されている。もともとオリジナル版でストーリーが完成してしまっているため、新たな敵、新たな展開を追加するというわけにもいかない。そのためエンディングに向かう手前の合間合間にあるショートストーリーを追加したような印象だった。上手くキャラの魅力を掘り下げたとは思うが、これだけを目当てにENCOREを買おうとするファンはすこし肩透かしを食らってしまうかも知れない。


またオリジナル版は手元のゲームパッドにLINE風のメッセージやり取りを表示させていたが、ENCOREにはそれが実現不可能なため通常画面に上乗せするようにそのメッセージを乗せている。この画面にミニマップが表示させられていたので、その点でいえば劣化したといえるかもしれない。わざわざマップを確認するためにボタンを押すのは億劫だ。


追加要素をまとめると「オリジナル版を高速化+おまけストーリーを追加した」といった具合になる。続編ではなく移植であるためこれくらいでちょうどいいのかもしれない。
高速化されたゲームプレイは非常に快適で、前回のレビューで触れた「奥深い戦闘システム」にどっぷり浸れることになる。この点は明らかな優位性だ。



そしてその快適なゲームプレイに応じて、キャラの魅力も存分に味わえる。前回のレビューではさほど触れていなかったが、このゲームは濃厚なキャラゲーだ。ファイアーエムブレム初代と覚醒のキャラクター(厳密にいえばパラレルワールドの存在だが)と、現代の高校生(一部小学生)らの心の交流はプレイヤーの胸にガンガンと突き刺さってくる。

心を交わしミラージュマスターとなった主人公らに対して協力者となったミラージュ異世界の霊体を差し、ファイアーエムブレムシリーズの英雄たちもこの中に入る)は、普段でも彼ら良き相談相手となり戦闘の間も掛け合いを繰り出す。



主人公樹がコマンドを選択するときはクロムが『その攻撃は効果的なようだ』と弱点を教えてくれるし
必殺技を選択しようとすれば『その技で決めろ!』と激をいれる。
ターンが回ってくれば二人は声を合わせて「『運命を超える!』」と叫び
クロムがオーバーロードにクラスチェンジした後は樹が「ちょっと悪役っぽいな…」と漏らしクロムが『なんだとぉ!?』と声を張る。


ヒロインつばさのミラージュは初代ヒロインのシーダだが、この二人は仲の良い姉妹のように息がぴったりだ。
ターンが回ってきたつばさが「消費したカロリーで!」といえばシーダ『特大パフェは無理そうね』と返し
新しい衣装に着替えて戦闘に舞い降りれば『可愛いわつばさ!』シーダが喜び、「ありがとう!」とつばさが受ける(なお、物語前半だとつばさは思いっきり狼狽える)。
物語途中でも二人はよくおしゃべりし、シーダ『どうすれば男の人の心が動かせるのか……私にはまったくわからなかったわ』!?)と漏らしつばさは「そうだよね」と相づちを打っていたりする。



ヒーローに憧れる赤城斗馬のミラージュであるカインはマスターである斗馬の夢、特撮ヒーローの主演になることを素直に応援しているし、元から大人気アイドルであるキリアのミラージュであるサーリャは双方が足りてないところを補うあうような関係だ。ことあることにハリウッドを持ち出すスターを夢見るエレオノーラと、ことあるごとに貴族的振る舞いを持ち出すヴィオールのコンビは衝突することもありながらも『貴族的に行こうエリーくん』「ハリウッド的に!」なんて掛け合いをして必殺技を繰り出していく。
まだ小学生の源まもりのミラージュ、ドーガは心配性な保護者のような振る舞いをしながらも、彼女のサイドストーリーの最終章では少し大人になったまもりに対して「喜ばしい限りです。ですが嬉しい反面、寂しくもあります。……こうして、大人になっていくのですね」と成長を喜び自分の手から離れていく未来をすでに予想していたりする。


孤高の俳優、剣弥代についているナバールは、物語後半彼のためにあえて一計を案じ彼を騙す演技をする。ことが済んだあと弥代はナバールの演技力に感嘆し「お前も中々の役者だな」と褒めるが、ナバール『当然だろう。常に一番近くで、一流の芸能に触れているのだ』と返す。



強い信頼感で結ばれているキャラ同士の掛け合いは床をのたうち回りそうになるほど甘く光り輝いている。このゲームは最初から最後まで濃厚な掛け合いが満載だ。それがエンディングの一抹の寂しさに繋がり、その先の輝ける未来を想像できる信頼へと結ばれていく。直接的な戦闘やストーリーに絡んでいるわけではないが、この掛け合いはこのゲームになくてはならない要素だとわかるだろう。プレイして、是非貴方も床をのたうち回ってもらいたい。



それはそうとオリジナル版、ENCOREとゲームを二周して気がついたことがある。このゲームの最大の弱点だ。
このゲームは現代の東京を舞台にしているが、実際に敵とたたかう場所は東京の裏の顔、「イドラスフィア」だ。イドラスフィアはいくつもあり、いわゆるRPGのダンジョンとして機能している。このイドラスフィアは単純な迷路というわけではなくその中にある仕掛けを解いていく構造になっているのだが、その仕掛け一つ一つがやけに引っかかる。はっきりいうと「面白くない」。


「撮られてしまうとスタート地点に戻されるカメラが設置してあるダンジョン」はまだいい。
立体構造になっていて飛び降りていく箇所を選択しながら進むのもよかろう。

「踏むとトラップが作動する床と、見えない壁を複数個のスイッチで切り替えて進んでいくフロア」人の悪意を具現化したようなダンジョンだった。さらに進むと「あみだくじ状に動く床と、進む先がわからない床とを駆使してパズル状構造になってるダンジョン」を乗り越える必要がある。このあたりはいよいよ制作スタッフに意地が悪いグレムリンが憑いてしまったのか? と思わずにはいられない。ギミックを突破した喜びがあればいいのだが、それはいまいちなくてとにかく手間だけがかかる印象しか残らない。戦闘が楽しいのが救いなのだが。

イドラスフィアの一つ、幻想だいたまを歩みをとめてぐるぐると背景を見回してみると、その出来栄え、作り込みの綺麗さに気がつく。他のイドラスフィアもそれぞれの気色にあわせた華麗な背景になっている。なっているのだが、実プレイ中はギミックにイライラすることが多くなかなかそちらのほうに気をやることができないのが残念だ。事実私もWiiU版でプレイ中そこまで気にしていなかった。



そしてもう一つ、このゲームの弱点について触れなければならない。


冒頭部にてこのゲームのことを追加要素を含んだ移植と評したが、これは厳密にいうと間違いだ。このENCOREにはオリジナル版から抜け落ちた要素が一部ある。それを詳しく解説する。
もともとのオリジナル版は日本で発売されている。しかしそれを欧州・海外にて発売する際に一部の表現内容を変更して発売されることになった。このENCOREを「ポリコレ規制版」と呼ぶ場合もあるが、実際はポリコレ規制というよりももう少しややこしい。


日本ではゲームはすべてCEROというレーティング団体が審査し年齢制限を決める。日本においてはオリジナル版はCERO B(12才以上推奨)だ。しかしこれがアメリカで発売する時はESRBというレーティング団体を通さねばならない。
アメリカにおいては「未成年の少女の肌の露出」および「少女が水着姿で仕事を行う」といった要素が非常に厳しい目で見られる。もし日本版をそのままローカライズした場合はESRB M(17才以上推奨)あたりになったのではないだろうか。ペルソナ4ペルソナ5などがこのESRB Mを受けているが、アメリカの小売事情は日本のそれと比べて厳しく、年齢確認と保護者への同意確認が必要になっている。日本でも同じことがいえるが、アメリカでは可能な限りレーティングを下げるためメーカーも必死になる。そのためこれらの要素を減らした海外版としてつくられESRB T(13才以上推奨)の認定を受けた


その結果、ヒロインたちのユニフォームから露出が減少し、ヒロインつばさが水着グラビアを行うイベントが普通に衣服を着込んだままグラビア撮影に挑むイベントへと改変された。
ENCOREのみをプレイした人たちはこのイベントに違和感を覚えることはないだろう。うまい具合に修正が及んでおり、違和感を覚えそうなセリフが広範囲に直されているからだ。
しかし水着グラビアという仕事を通じ、最初こそ羞恥心を覚えていたためにカメラマンの不興を買ってしまったつばさが、撮影されることとはどういうことか、自分自身で答えを見つめ改めて水着姿に挑み、敵ミラージュから『なんだその格好はぁ? 恥ずかしくねぇのか』といわれたときも仁王立ちで「恥ずかしくありません!」と返すイベントが、この修正によって本質を歪められてしまった。ヒロインのつばさは水着姿でも堂々と立ち向かえる子なのだ。それこそ皆が応援してくれるアイドルの構成要素であるとわかっているからだ。ENCOREではそこまで至らない。それが非常に残念だ。


なぜ日本においてENCOREもこのような表現規制がなされたままだったのか。理由は明白だ。そもそもこの幻影異聞録♯FEというゲームがさほど売れていないからだ。日本国内でオリジナル版の売上本数パッケージ版で3万本。完全新規RPGの開発費をペイできたかというと、まず間違いなく無理だろう。このSwitchへの移植は低予算なプランでしか動きようがなかった。そのため日本だけオリジナルのまま作り直すということはなく、世界全体で低いレーティングが受けられる欧州版をグローバル版として、それをそのまま日本向けに再ローカライズした。


ここまではまだいい。世知辛い業界の寒風が吹き荒ぶ中、それでもよくやったと言ってあげたくなる。しかし問題は任天堂がこのENCOREを発表後、しばらく日本の公式サイトで元の日本オリジナル版の画像を掲載していたことだ。これで一時混乱が発生した。結局任天堂はENCOREが表現規制がされたグローバル版であることを認め、事前のダウンロード版を購入したユーザーが希望すれば返金に対応する羽目となった。


つまりこれは、任天堂がこのゲームに対して全く興味を失っている」ことを露呈させてしまったということだ。わずかにでも複雑な経緯を持った自社製品に対して把握していれば、このような事態は起きるはずがなかった。しかしENCOREの広報は上記の事情を把握していなかった。把握していれば、発表と同時に「残念なお知らせですが、これはオリジナル版とは一部表現が違う箇所があります」と周知することができ混乱は少なく済んだはずだ。今から言っても詮無きことだが。


ゲームを購入しようとするプレイヤーに対して、メーカーは真摯であるべきではないのか? 輝くような青春と掛け合いを描写するゲームの内部事情が如何に寒いことになっていても、それを隠して精一杯売ってみせるポーズをとってみるのがゲームメーカーというものではないのか? 表現規制よりも何よりも、私はこちらのほうががっかりした。


とはいえ「抗議のために不買」というスタンスは私は取らない。生まれてきたゲーム自身には罪はない。それよりもこのゲームが売れずに埋もれた場合、真の意味で幻影異聞録♯FEは死ぬだろう。そちらのほうが私にとっては悲劇だ。


もしENCOREをプレイして興味をもった人がいるならば、是非オリジナル版もプレイしてもらいたい。きっと織部つばさのことをもっと好きになれるだろう。幻影異聞録♯FEを発売したこと以外について任天堂に感謝をするならば、その導線をこのENCOREで作ってくれたことだろうか。