人事を尽くせ -シヴィライゼーション2-
人事を尽くして天命を待つというが、人事なんてなかなか尽くせるものではない。そのときは、やるだけやった、あとはどうなっても満足だと思うかもしれないが、しくじったら、そのとたんに、ああしておけばよかった、こうもすればよかったと、次から次に反省が生まれるものです。だから、どんなに人事を尽くしたつもりでも、人間は所詮は天命を待つ心境にはなれない。そういう意味でもわたしは、任天堂の名の由来のごとく、人事を尽くして天命を待つのではなく、単純に「運を天に任せる」という発想を積極的に取りたいと思っています。 元任天堂社長 山内溥
貴方は一万人の遊牧民の指導者だ。流浪の旅を終えついに土地に根を張り都市を作ることになった。さあ首都を建てる場所を探し出そう。草原の近くならば食料は豊富だ。森ならば資源が算出できる。海や川は交易を生み出してくれる。
立てられた首都はその場に応じた食料と資源と交易を生み出す。食料が一定量貯れば人口は増え、その分多くの土地に人を配置できる。資源は軍隊ユニットや建造物を作り出し、軍隊ユニットは未開拓の地域を探検したり、法も秩序もないバーバリアンたちから都市を防衛してくれる。建造物は様々な効果を都市に及ぼして文明の拡張を助けてくれる。交易は資金か科学か贅沢品に分配される。資金は貯めればわずか1ターンでユニットや建造物を建てることができる。科学は積み重ねることで新たな技術を発見することができる。その技術で新しいユニット・新しい建造物がアンロックされる。贅沢品は都市管理に使われる。不幸な市民が大勢いる場合、その都市は反乱を起こして機能が停止してしまう。それを防ぐため贅沢品を用意し、不幸な市民を満足させる必要がある。
都市が大きくなり新たな軍隊ユニットを作り出した頃には、開拓民を組織し第二・第三の都市をつくることができるだろう。襲いかかるバーバリアンたちを新たに組織された軍隊が撃退し、知識人たちは技術からまた新たな技術を作り出す。アルファベットから数学を、そして数学と哲学を重ね合わせれば大学、といったように。そしていずれは万有引力の法則の発見に繋がり、それは蒸気機関を生み、内燃機関、航空工学へと進歩するはずだ。
そうして技術の進歩を進めていればいずれは別の文明に接触するはずだ。彼らは好意的か? 敵対的か? 君の軍隊が彼らのよりも強力ならば、彼らは恐れ、そうでなければ侮ることだろう。好意的なら技術の交換にも応じるだろうが、あまりにこちらが技術で先行していると、武力をもって奪いにかかってくる。
また、広くなる領土は首都から離れた都市ほど汚職が酷くなり、本来もつ生産力をフルに発揮できなくなる。技術で発見したより新しく近代的な政治体制に以降し、その汚職を食い止める必要がある。民主主義になれば都市はその力を存分に発揮することができるが、かわりに口うるさい議会が貴方を戦争から遠ざけようと躍起になるだろう。その上軍隊のコストは跳ね上がる。未熟な文明には民主主義は荷が重い。
いうまでもないが世界は有限だ。どの文明も拡張し続けることはできない。表面上は仲良くしていた他文明も状況が変われば牙をむく。彼らをすべて征服するか、もしくは先んじて技術の粋を結集し、宇宙に移民ロケットを発射すれば……君の勝利だ。
人気SLGシヴィライゼーションとはこういう流れのゲームだ。現在ではシリーズ最新作の6がコンシューマにも移植されたり、コンシューマ用に内容が簡素化された「シヴィライゼーション・レボリューション」として発売され、それの移植版がスマホにも展開していたりとして、プレイするに困らない状況だ。大変喜ばしい。
そんな人気シリーズではあるが、初期のシヴィライゼーション1や2がどういうゲームであったのか、知る人は恐ろしいほど少ない。
シヴィライゼーションはPCゲームではあるのだが、実は1はSFCやPS1,SSでも展開している。2はヒューマンが移植担当し、PS1にて発売された。そのはずなのだが、とにかく知る人が少ない。日本にて明確にスポットライトがあたったのは4からなのではないだろうか。(主にニコニコ動画のつー助教授の解説講座・スパ帝の動画が原因だろうか)
そのため今回は影が薄いシヴィライゼーションの初期作、主に2を解説していく。
実は上記のシヴィライゼーションの骨子とのいえるゲームデザインとシステムは、1時点でほとんど完成されていた。都市を作り成長させ、技術を繋げ、ライバル文明とやりとりし、制覇を目指すか宇宙を目指すか。
非常に論理的なゲームで、数字の積み重ねがダイレクトに反映される。交易重視で人の配置を行えば他ライバルに技術力で圧倒でき、資源重視で配置を行えばその軍事力はライバルを恐れさせるだろうし、世界で一つしか作ることのできない強力な建造物「七不思議」をライバルに先じて作れれば大きなリードになる。人口増加を最優先にすれば古代の時代にもたつくかもしれないが、豊富な人口はその後の成長を加速させること疑いない。
1や2とその後のシリーズとの相違点というと勝利条件はこの2つだけであり、まだ文化という概念や文明ごとの特性はなく、拡張主義や封建主義といったものはあくまでライバル文明の性格を表しているに過ぎなかった。戦闘は単純な計算の上で行われ、攻撃側の攻撃力と防衛側の防御力がイーブンならばどちらも勝率50%、攻撃力が2,防御力が1ならば勝利は66%といった具合。そのため屈強な戦艦が敵首都を守る古代の防衛ユニットである重甲歩兵に負ける…ということもしばしば起こり得た。
また、ランダムイベントとして疫病や飢餓が存在した。唐突に都市の人口が減らされてしまうバッドイベントであり、これを防ぐためには穀物倉庫・上水道といった建造物が必要になる。なるのだが、これらの建造物はコストがかかるため建てるタイミングが悩ましい。あまり早期に建てるとただ起きるかどうかわからないバッドイベントを防ぐためにコストを払うだけという状況に陥る。
そんなデザインではあったが、とにかくよくできていた。己の文明を育てていく過程で都市が多く、大きくなっていくのを視覚的に把握することができ、こちらがいち早く火薬、鉄道といった重要技術を発見すれば、ライバル文明がこぞってそれらを欲しがってきたりと、成長を実感させてくれる。そしてなにより自軍の爆撃機が他国の都市を爆撃しつくす様は愉悦以外の何物でもない。
SFCで発売された1はパット操作故の操作性の限界や、ゲーム後半のライバルの思考の遅さが問題ではあったものの、きちんとプレイヤーを楽しませ、悩ましてくれる。思考の遅さはその後発売されたPS1版、SS版で改善されている。プレミアがついているゲームではないので是非とも触れてみて貰いたい。
そして2なのだが、骨子は1とさほど変わらない。高解像度化、クォータービュー化させて視野性を向上させ、ユーザー補助のお助け機能をいくつか追加させた。ユニットや技術、七不思議を増やした。その上でいくつかゲームルールを変更した。
まず戦闘ルールが変わった。HPと打撃力という概念が加わり、戦闘に勝利するたびに自分の打撃力の分、相手側のHPを減らし、次の戦闘を行う。これをどちらかが倒れるまで繰り返す、というものに変わった。基本HPは10であり、打撃力は陸戦最強ユニットの戦車でも3だ。これにより戦艦が古代の重装歩兵に負けるということはまず起こらなくなった。また減ったHPは都市に戻るか、その場で待機しないと回復しない。そのため強力なユニット一つで敵陣地を蹂躙する……というのも限界点がくるようなゲームデザインになった。
また厄介者だったランダムイベントが起こらなくなった。食料が不足したときのみ飢餓が発生し、贅沢品が足りなくなれば反乱が起きる。逆に充分な贅沢品があり幸福な市民が過半数を超えた場合は感謝祭が行われ様々なボーナスが付与される。
また、発展先がない技術、通称「行き止まり」の技術が減った。例を一つあげると1では陶器の技術はただ穀物倉庫を立てるためだけの技術だった。そのためあえて自分から研究せず、ライバル文明から分けてもらう選択も取れる技術だった。しかし2においては近海航海術に繋がるようになり、その近海航海術は遠洋航海術、哲学へと繋がっていく重要な技術ツリーの根幹になっている。そのためできる限り早期に取らなければならない技術になった。このような行き止まりの技術が減ったことは、技術の重要度が均等に近づいたということであり、どの技術を優先させて研究すべきか、必死に考える必要がでてきたといえる。己のプレイスタイル、大陸の地形、それらを加味していこう。もし貴方の文明がいる陸地が小さな島なら早期に航海術を発見することは必須であるし、ライバル文明が好意的な態度を取っているのなら貿易技術を確立しておけば双方の都市にボーナスが入る。逆に敵対的ならば数学を獲得しそこから解禁になる投石機で相手の都市を先制攻撃すべきかもしれない。
そうした技術の均平化、イベントや戦闘のランダム性の排除を行った結果、シヴィライゼーション2はどういうゲームになったのか。それは極限なまでに計算しつくす必要があるゲームへと変貌したのだ。
紙とペンを用意しよう。都市が産出する資金を50%増幅させてくれる建造物「市場」はそれ自体が資金コスト1を必要とする。君主政治にて科学7,資金3の割合で市場が赤字にならないレベルの必要交易数は5だ。もし海に面していない内陸部の都市で草原・平原だけで交易を産出しようとすると5タイル必要となるため、人口は最低でも4必要(中央のタイルは人口に関係なく+1と扱われるため)になる。しかしこれはあくまで赤字にならないレベルであり、+50%の恩恵を受けようとするならば交易は最低でも12、可能なら15は必要だ。そうなれば内陸部での都市はよほど大規模にならない限りは市場を建てる意味がなくなってしまう。
しかも人口は8以上に伸ばすには上水道が必要になる。上水道自体もコストが3かかる建造物だ。そうなれば都市単体で黒字化を目指すのは難しい。前作のようなバッドイベンドが起きないのだから、上水道の価値はただ人口の上限を伸ばすためだけにある。何も考えず立てたら赤字まっしぐらだ。それを埋め合わせるためには沿岸部か川を見つけ新たな都市をたて黒字に持っていく必要がある。それができなければ貧困にあえぐ貧しい国家へと転落するだけだ。
その他の建造物も同じことだ。図書館は産出する知識を50%増幅させてくれるが、これを内陸部の都市に建てる意味はどれほどあるか考えなければならない。いっそのこと建造物を諦め軍隊ユニットを産出する専用の都市にしたほうがいいかもしれない。もしくはライバル文明の侵攻を食い止める城塞都市にしても良い。その城塞都市と首都とを道路で繋げばすばやく援軍を送ることも可能だ。最前線には重装歩兵、後方には機動力に優れた騎馬隊を用意すれば四方からやってくるバーバリアンたちを迎え撃つこともできるだろう。
建造物のコスト、ユニットの性能、建てるべき七不思議、付き合うライバル文明、優先する技術、それらすべてを考えて進めなければならない。もし穴があれば、そこからすべてが瓦解していくことだろう。
防衛圏のどこかに穴があれば、そこからバーバリアンたちは無慈悲に侵攻を開始する。
ライバル文明との付き合い方をしくじれば戦争へとまっしぐらだ。さらにそのライバル文明が同盟をくみ複数の文明と一気に戦争となったら目も当てられない。
強力な七不思議に目移りしてあれもこれもとしている間に、もっとも君が欲しがっていた七不思議をライバル文明がかっさらっていくかもしれない。
軍隊ユニットを揃えることに夢中になりすぎて技術で遅れを取るかもしれない。その場合、相手は大砲をもっているのにこちらは鉄の盾で迎え撃つことになる。
反対にこちらは大砲を備えているのに数が足りず、相手の大量の古臭い騎馬隊に首都の周りがずたずたにされることもありえるだろう。
もちろんこれらは高難易度でプレイする場合のことだ。しかし難易度を一つあげるたびに、考えなければならないことが一つ増えていく。最高難易度天帝をプレイするたびに、貴方は自らのプレイスタイルの穴をCPUから突っ込まれることだろう。
そしてその度に「ああすべきだった」「こうしなければいけなかった」と悔やむことになる。決して運が悪かった、という逃げを許してはくれない。次回のプレイスタイルに反映させることを約束される。ゲームとにらみ合い、ギリギリにまでバランスを取れた選択を取り続け、勝利することができたとき……まさしく貴方は「人事を尽くす」ことができたことだろう。
このゲームで敗北し、「運が悪かったな」と思える時が来たら、貴方はこのゲームをマスターしたことになるのだ。